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『バッド・キッズ』の原作は確かにハードでした。『悪童たち』紫金陳(稲村文吾訳)

あまりにもよかった中国ドラマ『バッド・キッズ』。シリーズ3部作すべて原作がありますが、日本語に翻訳されているのは本書だけということで、すぐ入手。一気読みしてしまいました。

ドラマと違って、原作では厳良が子供ではなく、大学で数学を教える先生として登場します。これって東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』のガリレオみたいと思ったら、なんと作者の紫金陳さんは『容疑者Xの献身』の中国語版を読んで、社会派ミステリーを書きたいと思ったとか。

東野圭吾さんといえば、10数年前から中国で翻訳小説の売上トップ10の常連。大型書店に行くたび、東野さんの翻訳本は山積み。中国でも作品が映画化されています。あらためて、東野さんの影響の大きさを実感しました。

朱朝陽はドラマと小説で設定が大体同じですが、葉刑事の娘がものすごく中国あるあるな、使える手は可能な限り使う(≒ずる賢い)女の子でした。葉刑事もドラマのようなやさしいパパではありません。というわけで、登場人物の設定がドラマと小説ではかなり違いました。

小説は、厳良ではなく丁浩(耗子)という体の大きな男の子が登場。普普への性的虐待に腹をたて、2人で福祉施設を抜け出してきます。丁浩は、単純で暴力自慢。普普は賢くて頭がまわる、ガラの悪い女の子。ドラマとは違いますが、こちらのほうが世の中のリアルに近い気がします。

偶然、子どもたちが殺人現場を撮影してしまうところはドラマと同じ。でも、その先もかなり違います。犯人の張東昇は、数学の才能があった男で厳良の元教え子という設定で、ドラマでみたような彼の抱える鬱屈とか、数学愛はほぼ出てきません。その意味でも、ドラマの張東昇は『容疑者Xの献身』の映画っぽいかも。

逆に小説の張東昇と妻の徐静は『シン・中国人』に出てくる恋愛慣れしていなくて、すぐ結婚したはいいけれど、結婚後に現実に気づいて冷めてしまう若い今どきカップルっぽいです。

小説は朱朝陽と普普、丁浩がメインに物語が進みます。最初に3人を仕切るのは、経験豊富な普普と丁浩。しかも、頭のいい普普が主導です。勉強はできるけれど、世間知らずで友達がいない朱朝陽は、2人を友だちだと思いながらも、振り回されては後悔する日々。そんな中、2人の柄の悪さと友達甲斐に引きずられ、朝陽は殺人を犯してしまい、そこから嘘を重ねて行かざるを得なくなります。

父親の再婚相手からの嫌がらせと、父親の煮えきらない態度が加わり、張東昇とのやりとりで大人のずる賢さを覚えた朝陽は、その後、自分から一線を越えてしまいます。下巻以降、主導するのは頭のいい朝陽。丁浩や普普すら駒として扱えるどころか、大人の張東昇の思惑を跳び超えます。彼の成長は中国的リアルというより、東野圭吾さんの小説の主人公っぽい気がします。

この『悪童たち』(原題:壞小孩,坏小孩)は、淡々と出来事や登場人物たちの会話が積み重なって構成され、事件が展開していきます。朝陽の父と母、再婚相手はどちらかといえばステレオタイプな描写で終始していますが、そのおかげで主人公朝陽の行動と成長っぷりがその分際立って、大人の社会の問題をつきつけてくる強烈な読後感があります。いくら人気で話題の小説でも、原作そのままでのドラマ化はちょっと無理気味。

というわけで、ドラマでは新たな設定と登場人物を加え、もともとの登場人物にもよりその人の性格を立体的にするようなエピソードが足されています。小説の内容を再構成して、視聴者が感情移入できる設定に変え、しかもラストに明るい未来が少し見えるようなドラマに換骨奪胎した脚本家さんたちの仕事が本当にすばらしい。原作を読むと、ドラマのすごさがあらためてよくわかりました。

小説『悪童たち』は上下巻一気読みのおもしろさですが、上巻は中国の泥臭いエピソードとか描写が多々出てくるので、多少好みがわかれるかもしれません。でも、下巻は日本のミステリー小説にかなり近づくので、抵抗は少ないと思います。『バッド・キッズ』で興味を持たれた方で、ミステリー小説の新しいチャレンジをしたい方、中国的リアルさを読んでみたい方はぜひどうぞ。




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