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 憐憫 著:島本理生

 洪水のように押し寄せるこの切ない感情。息もできないくらいに。そしていつしか、私は彼を手放せなくなっていた。

 と、表紙の帯に書いてある。しかし、この文句は作中登場しなかった。

 主人公の沙良(さら)は『嵐が丘』の舞台に魅せられて、小さな頃から劇団に入っていた。テレビでは跳ねなかったが一端の舞台女優だ。しかし、子供の頃から働いていて、そのお金を親に好き勝手使われていて、旬の二十代前半を摂食障害の闘病に当てざるを得なかった。回復してちょろちょろ仕事をするも当たりの無かった沙良はテレビのディレクターと結婚した。そのあとで、写真家で親友の魚々子(ななこ)に連れて行かれた出会いバーで出会った柏木と関係を持つようになる。

 柏木とは核心に触れる会話は無く、穏やかでリラックスした時間が過ごせた。その後(ご)沙良は舞台女優として花開いて行くと同時に、柏木とは別れるに至るのだった。そして、CMが決まったり、大御所監督の目に留まり大きな舞台を任されたりしていく。独身と言っていた柏木は妻子持ちの男だった。年齢さえあやふやなのだ。事務所が週刊誌に撮られたらマズいと夫のディレクターが探偵を雇って調べたのである。そして、柏木との逢瀬は終わった。

 名実共に中堅女優になり助演女優賞なども頂く事になった沙良は夫と離婚し、演出家の高野良と付き合う事になる。

 最後は撮影の場面でエンディングだった。お互いの欠乏を満たし合うようにお互いに惹かれ合う男女を描いた佳作だと思った。167ページで朝日新聞出版から出ている珍しい作品だ。家族に問題があり、満たされなかった心を補い合うように触れ合う男女の描写は機知に富んだ会話に彩られ飽きる事は無かった。

 これで島本理生さんの作品は全部読破した事になる。今後も期待したい。

 以上

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