DROP《短編小説》
なぁ、そこのお前ちょっと時間ある?
あんなら付き合えよ。
いや、そんな時間は取らせねぇ。
俺の話を聞いてくれりゃ良い。
煙草吸って良いか?悪ぃな。
お前は?やっぱな、吸わないよな。
お前真面目そうだもんな。
お前、今生きてて楽しいか?
何かこう、目標とかってあるか?
将来こうなりたいとか、なんか夢とか。
え?何もない?随分素直な奴だな、ごめんごめん。
真顔で、ありません、とか言うからよ…ちょっと久しぶりに笑っちまった。
お前、今いくつだ?18?高卒か?あぁ、新社会人か。
どうだ、仕事?
つまんねぇのか…?
お前のその手帳…『障害者手帳』?
……お前、何かあるのか?
いや、言いたくないなら…あぁ…そっか。
見た目じゃ分かりづらいよな…。
俺さ、後悔してる事あるんだよ。
俺が20歳の時、新卒で入って来たお前と同じ歳の奴。
障害者雇用で入って来たんだけど、俺接し方とかよく分かんなかったし、覚え悪ぃからキツく言っちゃってたんだよ…。
初めはソイツ、一生懸命メモ取ってミスする度に謝って…。
周りも段々と調子づいてきてさ、ソイツをいじり始めたんだ…。
いじりってよ…いじめなんだよな…。
俺ら気付かない内に、ソイツを追い詰めてた。
3ヶ月後に、ソイツ首吊ったんだよ…自宅で。
遺書には「好きで障害者に生まれた訳じゃない」
そう書かれてた…。
俺ら、ものすごく後悔して反省してご両親に頭下げに行った…。
塩ぶっ掛けられたよ…。
あの時のお袋さんの泣き叫んだ声が、未だに消えないんだ。
「うちの子を返して!うちの子を返してっ!」って。
ずっと叫び続けてた。隣の親父さんは支えながら、俺らを醒めた目で睨みつけて「自分の頭で考えて罪を償って下さい」、そう一言だけ言って、お袋さんを抱えるように家に戻って行った。
それから、俺らも職場に居づらくなって皆バラバラになった。
俺は、アイツが亡くなって49日の日に無性にバイクで海まで行きたくなったんだ。
一度だけ、アイツが海に行きたいんですって言った事あったからよ。
海まで夜通し飛ばしたんだ。視界が悪かったんだな。
俺は崖に突っ込んでそのままバイクごと落ちた。
お前に俺が見えたって事は…お前が生きる事を諦めてるからだよ。
なあ、人生ってのは何があるか分からないんだ。
俺はきちんと罪を償えずに死んじまった。
けど、必ずアイツを見つけ出して謝罪する。
死んでも俺は諦めてない事があるんだ。
お前は生きてる。
可能性なんか、道なんか幾らでも模索出来る。
色を塗り替える勇気があるかないかだけだ。
お前なら出来る。
ありがとな、話聞いてくれてよ。
最後に…『死ぬんじゃねーぞ』
ぽとりとアスファルトに落ちた吸殻には、まだ仄かに火が着いていた。
僕は短くなったそれを一口吸い込み…むせた。
「不味い」
少し涙目になった視界が、帰りの重苦しいグレーを月明かりが塗り替えていた。
「生きろ…俺」
『お前ならやれるさ』
そう耳元で風が囁いた。
[完]
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