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わたしが棄てた、町


東京に住んでいると、「ご出身はどちらですか?」と聞かれることがある。


東京に来たばかりの頃は鬱陶しかったが、意外と歓迎すべき質問なんじゃないかと、大人になった今は思う。

出身を聞く時、相手は意識のどこかで、あなたを「もう少し知りたい」と思っている。もちろんその場しのぎの形式的な話題であることもあるが。

出身を聞くのは、「あなたはどこから来たのですか」「どこで生まれ育ったのですか」と聞いているのと同じことだ。
相手はあなたのルーツを尋ねている。もしくは自分との共通点を。その土地で育った人間ならではのパーソナリティ傾向を。あなたのもう一歩内側にある、ナイーブな部分を。

***

私が生まれたのは、わりと温暖な、これといって大きな特徴のない町だ。
だから出身地を聞かれたところで盛り上がることはほとんどない。相手も申し訳程度に話を聞いたあとは、すぐに次の話題に移っていく。

でも私は、その町の名を口にすると、そこからうまく動けなくなってしまうのだ。こころが。後ろめたいような気持ちに囚われて思考をすぐに切り替えられないのだと思う。

それは、私が棄てた町でもあるからだ。

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