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大きな栗の木の下で、あなたと遊べる時間を大切にしたい

「おおきなくりの~きのしたで~♪」

娘が歌う横で私は思う。

なんで、栗の木なんだろう?

……

私には2歳になったばかりの娘がいる。
最近は言葉をよく話すようになり、歌える歌のレパートリーも増えてきた。

娘のお気に入りのおもちゃの一つに、子供向けの歌がいくつも内蔵されているものがある。歌の数だけあるボタンのどれかを押すと、対応している歌が流れる仕組みだ。ざっと20曲ほど内蔵されているようだが、たいてい娘は1つの曲を繰り返し流す。

今日は「大きな栗の木の下で」の気分だったようで、寝る前に何度も流していた。そして布団に寝ころんだまま、たどたどしく歌う。自分だけでなく、娘を挟んで川の字に寝ている夫と私にも歌えと要求する。娘の仰せのままに、夫と私は「おおきなくりの~きのしたで~♪」と歌う。一度歌い終わると「もう一回!」とせがまれる。このやりとりを、軽く20回は繰り返しただろうか。やっと、娘は眠りについた。


歌っている最中、ふと「なぜ栗の木なのだろう?」と疑問が湧いた。


大きな栗の木ならば、きっと立派な実をたくさんつけるだろう。栗の実はイガに包まれているから、トゲトゲしていて危ない。きっと根元にもいっぱいイガグリが落ちているはず。そんな栗の木の下であなたと私が遊ぶだなんて、危険極まりないではないか。そんな場所でわざわざ遊ぶ理由はないはずである。

だからきっと「大きな栗の木」というのは、たとえに過ぎないのだろうと思う。私とあなたが遊ぶのは必ずしも栗の木の下である必要はなくて、桃でもカキでもミカンでも、本当はなんでもよかったのではないか。大事なのは「大きな木」の部分であって、その下で一緒に遊ぶということに意味があるのだろうと推察する。

ただ「大きな桃の木の下で」や「カキの木の下で」や「ミカンの木の下で」よりも、「大きな栗の木の下で」の方が歌にした時の響きがよいような気がする。だから桃でもカキでもミカンでもなく、栗になったのではないだろうか。勝手にそんなことを想像しながら、娘にそっと布団をかけてやる。

……


我が家にとっての「大きな木」は、きっとこの家そのものだ。

ひとつ屋根の下とよく表現されるが、この家で寝食を共にし、遊ぶ。建ててからまだ1年も経過していないが、この家でできた幼い娘との思い出は、すでに数えきれないほどある。

娘は毎日「遊ぼ!」と臨月が近い私の手を引っ張ってくる。だがそこに妊婦への配慮は一切ない。あるのはただ、母親と遊びたいという純粋無垢な気持ちだけである。娘が胸に飛び込んでくるのをほほえましく思うのと同時に、「今は勘弁してくれ」と思うことも、正直無いとは言えない。

しかし、こんな風にただ一緒に遊ぶことを望まれる時間がいつまでも続くわけではない。子どもは成長し、やがて大人になっていく。「ママ、ママ」なんて寄ってはこなくなる。私が自分の母に対してそうだったように。少し寂しい気もするが、それが当たり前だし、そうでないと困る。この小さな生き物も、いつかは一人の人間となり、巣立っていく。


「子は3歳までに一生分の親孝行をする」


などとよく耳にする。それが本当ならば、2歳の娘はすでに一生分の3分の2、親孝行をしてくれた計算になる。果たして私は娘がしてくれている親孝行を、ちゃんと受け取れているだろうか。娘にはテレビでYoutubeを見せ、自分はスマホの画面ばかりを見てはいないだろうか。娘の「遊ぼ!」に対して、適当に相手をしてはいないだろうか。娘は親孝行をしてくれていても、受け取る側がザルでは、ただ愛情が垂れ流されるだけだ。

娘と無邪気に遊ぶことができる時間は、実はもうあまり多く残されていないのかもしれない。永遠に続くような気がしている今は、振り返ればきっと「一瞬だった」と思うのだろう。

だからこそ、このひとつ屋根の下であなたと遊ぶ時間をもっと大切にしたいし、しなくてはならないと思う。


日に日に大きくなっていくお腹で今あなたと全力で遊ぶことは、ハッキリ言って難しい。そんな母を許してほしいけれど、あなたからすればそんなの知ったこっちゃないんだよね。だって2歳のあなたは、今しかいないんだから。


「大きな栗の木の下で あなたとわたし 仲良く遊びましょ」


そう歌いながら、あなたが笑っているのが嬉しい。

「遊ぼ」と母や父の手を引くあなたが、心底愛おしい。

この大きな木の下で、あなたと遊べる時間を大切にしたい。

すやすやと眠る娘の頬をなでながら、そんなことを思った。








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