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超嘏 江樓書感

独上江楼思渺然  独りで川のほとりの建物に上ると             何とも言えない思いが胸にこみあげてくる。 月光如水水如天  月の光は澄んで水のようであり、             水は天に続いているかのようだ。 同來翫月人何處  一緒に来て月を眺めた人は             どこにいってしまったのだ、 風景依稀似去年  目の前に広がる風景は             去年あの人と見たのと同じなのに 晩唐の詩人超嘏(806~852)の代表作です。会昌四年(844)

    • 杜牧 贈別二首之一

      娉娉嫋嫋十三餘  美人でかわいいお前は、未だ13ちょっと 豆蔲梢頭二月初  二月の始めに咲き始めたずくの花のようだ。 春風十里揚州路  春風がこの繁華な揚州の街に吹き、 卷上珠簾總不如  家々のすだれをみんな巻き上げても             お前のような美人はどこにもいない。 中島棕隠の詩で若い娘が出てくる話をしたが、中国の詩の中でも一番有名なのは、やはり杜牧の贈別二首でしょう。 改めて見ましたが、この詩でも女の子の年齢は十三才、詩に使うのに口調が良いのかもしれません。

      • 中島棕隠『鴨東四時雑詞』より

        楼燈無影水声饒  茶屋の明りも消えて、(人通りがなくなったので)            川の流れの音がよく聞こえるようになった、 一片残蟾照寂寥  月は未だ西の空に残っており、            静まった街を照らしている。 少女十三能慣客  十三歳の舞子は、客あしらいも馴れてきて、 不辞風露送過橋  ひんやりとした外気も気にせず、            橋を過ぎるまで送ってくれた。 もうかなり古い話になります。富士川英郎さんの『江戸後期の詩人たち』に載っていたこの詩を読

        • 王翰 涼州詞

          葡萄美酒夜光杯  ワインをキラキラ光るグラスに満たし 欲飮琵琶馬上催  音楽を鳴らして盛り上げ、もっと飲もうとする。 醉臥沙場君莫笑  酔っぱらって砂の中に倒れても笑わんでくれ、 古來征戦幾人囘  僻地の戦争に引っ張り出され、            何人が家に帰れたかを知ってるのか 涼州は唐代の人間にとっては僻地です。都長安からはるか離れた異民族との戦いの最前線の軍事基地でした。 シルクロードの玄関口として栄えたなどと今の歴史の本には書いてありますが、当時の普通の人が行くと

        超嘏 江樓書感

          賀知章 回郷偶書

          少小離家老大回   都で役人になるので子供の頃に家を離れてしまい、             年を取ってしまったので故郷に帰ることとした。 郷音無改鬢毛摧   田舎訛りは相変わらずだが、             鬢の毛まで白くなってしまった。 児童相見不相識   親戚の子供たちが珍し気に見に来るが、             私が誰なのかさっぱり判っていない。 笑問客従何處来   『お客さん、どこから来たの?』             なんて聞いてくるんだよ。 今の時代では、賀

          賀知章 回郷偶書

          孟浩然 宿建徳江

          移舟泊煙渚  靄っている渚に舟を止めて、今日はここに泊ることにした。 日暮客愁新  日が暮れてくると、旅寝の悲しさはひとしきりである。 野曠天低樹  広々とした原っぱなので、天は遠くの木の上に垂れ、 江清月近人  清んだ江の水に月影が写っていて、手で掬えるほどだ。 孟浩然と言えば「春眠暁を覚えず…」の詩人として知っている人も多いでしょう。しかし、彼の人生はあの詩のようにほのぼの・のんびりとしたものではなかったようです。当時の人にとって最も大事だった科挙には受からなかったので

          孟浩然 宿建徳江

          杜甫  月夜

          月夜 今夜鄜州月    今夜の鄜州の月を 閨中只獨看    貴女も独りで見ているのだろう。 遥憐小兒女    子供たちはまだ小さいので、 未解憶長安    貴女が長安のことを思っている気持など解らないだろう。 香霧雲鬟濕    夜霧が入ってきて、貴女の髪は湿ってしまい、 清輝玉臂寒    月の光に照らされて腕は寒くなったのではないか。 何時倚虚幌    何時になったら月の光の入ってくる窓辺に立ち、 雙照涙痕乾    二人並んで月の光で涙を乾かすことができるだろうか この月夜

          杜甫  月夜

          唐 王右丞 竹里館

          中国の唐の時代に王維という人がいた。 十代で都の試験で首席となり、二十一才で進士に及第したという。生きた時代が安禄山の乱の真っただ中であったので紆余曲折はいろいろあったが、最終的に尚書右丞というから今でいう官房長官のような役職に就いたという。 役人として成功をおさめた(大成功と言わないのは、王維の弟は宰相に成っている)が、それ以上にこの王維の文化面での活躍は素晴らしいものがある。 詩人としては、李白・杜甫と同じ時代を生き、この二人につぐ詩人として評価が高い。 音楽にも詳しく

          唐 王右丞 竹里館

          永井荷風:『白鳥正宗氏に答るの書』

          今では正宗白鳥という名前を聞いたことがあるという人は非常に少なくなったと思う。 私も、実のところ、正宗白鳥氏の作品はほとんど読んだことはなく、自然主義派に属した評論家といった程度の知識しか持ち合わせていない。 ましてや、ここで永井荷風先生が怒りまくっている中公公論に載った正宗白鳥氏の文章がどんなものであったかは知っていない。 ただ荷風先生の文章から判断するに、江戸時代の文学を評価する荷風先生の姿勢を、当時流行の自然主義派の立場から好き勝手に批判しまくったもののように思える。

          永井荷風:『白鳥正宗氏に答るの書』

          『ある行旅死亡人の物語』<毎日新聞出版>

          こういった類の新刊書を買うのは久しぶりですね。 まぁ歳も歳ですから古本屋で買うほうが多く、新しい本を購入すると言っても内容は古い事柄についてのもので、こういう風な週刊誌的というか現在の事件についての本は滅多に購入していないです。 この本の話題は「現金3400万円を残して孤独死した身元不明の女性の素性」を探していく話です。話の展開も早く文章も明解なので、お勧めできます。 といってここでわざわざ取り上げたのは本書の感想を書き込みたいわけではなく、《人が生きるということは、他人

          『ある行旅死亡人の物語』<毎日新聞出版>

          向井潤吉

          絵画に格別の思い入れがあるわけではないですが、向井潤吉さんの絵は好きです。 この方の絵をはじめて見たのが、「なんでも鑑定団」とかいう番組で紹介されたのが再放送された時。 あの番組にはいろいろ高価な絵画や骨董品が出てくるので時々は見ていたが、さほど引かれるものが無かったのも事実。それよりも、鑑識眼自慢のおっさんが偽物と言われてがっくりするのを見ているほうが面白かった。 気に入ったといって、向井潤吉画伯の本物の絵を購入するほどの財力があるわけじゃなし、手ごろな画集が無いかと探

          向井潤吉

          織田信長:LGBT史観による本能寺の変

          「信長殿の所業は許しがたい」。そう明智光秀は考えたのであろう。 正妻である濃姫との間に子供ができないことをいい事に、あちこちの側室に数多くの子供を作っている。これはお家の存続を図るための必要な行為であるから、淫乱などということはできない。 しかし、信長殿の周りをウロウロしているあの稚児連中はいったいなんなんだ。戦いの場で力を発揮しているわけではない。戦いの場では敵に後を見せることすら恥辱とするが、あの連中は背中ばかりか尻まで丸出しにしている。あんな連中をのさばらせる信長殿

          織田信長:LGBT史観による本能寺の変

          落花の季節:李賀『将進酒』

          唐も終わりの頃に、李賀という詩人が居た。小さい頃から天才と言われ、七歳でちゃんとした文章が書けると評判であった。 当時の詩文の大家である韓愈や皇甫湜はこの噂を信用していなかったので、ちょうど近くまで来たと言って立ち寄り、お決まりの挨拶をして、なにか詩を書いてくれないかと所望した。 李賀は瞬く間に「高軒過」という詩を作って驚かせたという話が残っている。「高軒過」とは、身分のあるものの車が立ち寄ったという意味である。 李賀も多くの詩を残しているが、多分もっとも有名なものが、『将

          落花の季節:李賀『将進酒』

          獨孤皇后

          中国製TV時代劇の主人公になったせいか、最近ではネットでも時々名前を聞くようになった。《ただ、あなただけを――隋の初代皇后・独孤伽羅と開国皇帝・楊堅が描く、夫婦の一生と愛の物語》といったキャッチフレーズを見ると一言言いたくなってくる……時代が変わったなぁと。 獨孤皇后とは一般になじみの言い方をすれば《隋の煬帝のかーちゃん》である。獨孤という姓が表しているように、五胡と呼ばれる塞外の民族の出身である。といって、当時の北部中国を支配していたのは五胡であり、その父親獨孤信は当時の

          獨孤皇后

          夏目漱石『草枕』

          呉従先という中国の文人がいました。当時はそれなりに流行った文人のようですが、今ではほとんど忘れ去られています。その呉従先の代表作ともいえる随筆集『小窓自紀』に次のような文章が載っています。 《世の中に慣れれば、情に流されてしまう。世の中に疎いと、人付き合いがうまくゆかない。大変なんだよ、この世の中を生きて行くのは。(世情熟、則人情易流。世情疎、則交情易阻。甚矣、処世之難。)》 山道を登りながら、こう考えた。知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に

          夏目漱石『草枕』

          不思議な国のアリス:そして笑いだけが残った。

          言わずと知れたファンタジー小説の大傑作です。 日本ではどこで間違えたのかお子様向けのようにように受け取られてしまっています。 難しい言葉を繋いで深刻ぶり、なにを言っているのかが一般人には解らないものを純文学とかいってありがたがる国ですから、『不思議の国のアリス』のように誰でも楽しく読めるものは価値がないと頭から信じ込んでいるようです。 “All right," said the Cat; and this time it vanished quite slowly, beg

          不思議な国のアリス:そして笑いだけが残った。