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賀知章 回郷偶書

少小離家老大回   都で役人になるので子供の頃に家を離れてしまい、
            年を取ってしまったので故郷に帰ることとした。
郷音無改鬢毛摧   田舎訛りは相変わらずだが、
            鬢の毛まで白くなってしまった。
児童相見不相識   親戚の子供たちが珍し気に見に来るが、
            私が誰なのかさっぱり判っていない。
笑問客従何處来   『お客さん、どこから来たの?』
            なんて聞いてくるんだよ。

回郷偶書図

今の時代では、賀知章という名前を知っている人はほとんどいなくなってしまったので、些末な知識を書いておくことにしよう。

鏡湖

賀知章は、唐の時代に高官まで上り詰めたおっさんで、いろんな逸話を残している。
上にあげた地図は、紹興市にある鏡湖という湖の跡地の位置を示している。賀知章が役人を務めあげ、故郷に帰る際に玄宗皇帝より『欲しいものがあればあげるよ』と言われて、頂戴したのがこの鏡湖であったと伝えられている。

この鏡湖のある紹興市は紹興酒 の発祥の地であり、現在でも盛んに生産されているが、賀知章は、杜甫の「飮中八仙歌」の中で酒仙の筆頭にあげられている人物であり、また李白を玄宗皇帝に推薦したとも伝えられているが、賀知章と李白が知り合ったのは長安の飲み屋であったとも云われている。

江南で賀家といえば、三国時代孫権の頃までさかのぼれる名家である。その賀家の期待を一身に背負って中央政界で活躍し、皇帝直々の褒美まで頂戴して帰ってきた。そんな私を子供たちは何も知らないんだ…と非常に満ち足りた老後の雰囲気を漂わせている傑作である。

賀知章が鏡湖の近くの出身であることを頭に入れると、「少小離家」とは科挙をうけて役人になり、家からはるか離れた長安で暮らしたことであり、
「郷音無改」とは、現在でも中国映画では必ず字幕が付けられているように、長年の都暮らしでもやはり南方系の訛りが残っていることを指している。

一々説明はしないが、この詩の眼目は『客』の一字にある、と思っている。

参考資料
塩谷温著『唐詩三〇〇首新釈」書籍文物流通会
松浦友久編『漢詩の事典』大修館書店
松浦友久編『校注唐詩解釈辞典』大修館書店 c

絵はいつものように Stable Diffusion XLに作成してもらっている。
絵心が無いわけでないが、手がついて行かない人間には有難いものである。

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