見出し画像

中島棕隠『鴨東四時雑詞』より

楼燈無影水声饒  茶屋の明りも消えて、(人通りがなくなったので)
           川の流れの音がよく聞こえるようになった、
一片残蟾照寂寥  月は未だ西の空に残っており、
           静まった街を照らしている。
少女十三能慣客  十三歳の舞子は、客あしらいも馴れてきて、
不辞風露送過橋  ひんやりとした外気も気にせず、
           橋を過ぎるまで送ってくれた。

鴨東四時:少女十三

もうかなり古い話になります。富士川英郎さんの『江戸後期の詩人たち』に載っていたこの詩を読んで、漢詩でもこんな風に情緒あふれたものがあるんだ、と感じたのは。

この詩を書いた中島棕隠は京都の儒者で詩人です。この中島棕隠の代表作が『鴨東四時雑詞』全120首です。

『鴨東』とは鴨川の東、祇園の花街を指しています。
『四時雑詞』とは、多分、宋の詩人范成大の傑作『四時田園雑興』を念頭に置いての命名でしょうし、彼方が宋の時代の田園風景を描いた名作であるのに対し、此方は幕末近くの京都の四季折々の行事と人々の暮らしを見事に活写した傑作と言えるでしょう。

『楼燈無影』はお茶屋の営業が終り、店の表の火を落としたことを指します。
『一片残蟾』は普段見慣れない言葉ですが、「蟾」は蟾蜍(ひきがえる)のことを指し、中国の伝説で嫦娥が月に行ってひきがえるになったという話を元に、漢詩では月のことを意味しています。
「残」は残っているですから、「残蟾」は落ちかかって未だ西の空に残っている月を指します。「一片」は強いて訳せばひとかけらのとなりますが、中国語では数えられる名詞にはなんらかの数詞を付けるのが原則ですので、あまり気にしなくとも大丈夫です。
今の感覚で言えば「少女十三」は問題でしょう…数え年13ですから今の満年齢で言えば11~12、小学生です。でも漢詩に出てくる女性はこの年代の方々が決して少なくありませんので、まぁそう目くじらを立てずに。

参考
富士川英郎『江戸後期の詩人たち』筑摩叢書(現在は東洋文庫で復刻)
斉田作楽編著『鴨東四時雑詞註解』太平書屋

絵はいつもの通り Stable Diffusion を使用したが、仲々思うような雰囲気の絵にはなっていない。まだまだ努力が必要である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?