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表現の練習帳

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見たり聞いたり触れたり、そこから生まれたものがたり
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『平凡と凸凹』

『平凡と凸凹』



「今日ね、ナマケモノに会ってきたよ。とっても可愛らしかった。あの子たち必死に生きているのに、どうして"怠けもの"なんて名前が付けられちゃったんだろうね。あっちの世界では私たちのこと"働きもの"って呼んでるかな。」

僕は"なまけもの"の方がいい。"はたらきもの"なんて御免だ。

半額シールの貼られた弁当を食べながら、チョークで汚れた大学ノートを眺める。
前回の授業冒頭を思い返す。努力と成果の

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『LemØn』

『LemØn』

嵐のなかで、私たちの想像を遥かに超越した圧倒的な力と混沌に興奮をおぼえるのは、すべてを破壊したい欲望が己の奥底から沸き上がる感覚に似ている。

私がこれまでに築いてきた過去は、少なくとも自分にとって、故郷や拠り所とはなり得ない。それは、自らを固く束縛し闇へと引きずり下ろす魔物である。
破壊に際して後悔や絶望はなく、新たな創造への微かな希望だけがあるように思える。

「最近忙しい?」
1日におよそ6

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あの日、君は…

あの日、君は…

教室に戻ると、彼女は黒板に落書きをしていた。
自分で考えたキャラクターなのだろうか。とても可愛い目をしていているのだが、物寂しい印象をおぼえる。僕にはそれが彼女自身であるようにも思えた。澄んだ瞳と哀愁を帯びた雰囲気。少し謎めいた、それでいて引き込まれるような存在。それが彼女を魅力的にしているのかもしれない。

夕陽が差し込んだ教室は暖かった。カーディガンのボタンに手をかけると、もう帰らないの?と不

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『ためいき』

『ためいき』

給料日。
あまりに軽い封筒を手にすると、笑えてくる。

他に収入のない僕にとって、30,952円は安い金額ではない。しかし、週に2回、4時間の労働。血と汗の結晶がたったのこれだけ。
とはいえ、店長を血も涙もない人間だとは思わない。
血と汗と涙と、なんだろう、BTSかな。

いま気付いたことがある。

人は、少なくとも僕という人間は、お金のために働くことができない。

稼いだお金で出来ることを考える

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『手紙』

『手紙』

お母さんへ

久しぶりだね。
いつの間にかお母さんの歳も超えちゃってびっくりだよ。
でも楽しくバリバリお仕事してます。羨ましいでしょ。

栞ね、秋から周産期センターの部長になるよ。
もちろん大変なことも多いけど、小さい頃からの夢だから。
必死に出産するお母さんも、頑張って生まれてくる赤ちゃんも、元気に退院して、素敵な夢を持ってもらえるように。

うちの病院では、診療センター部長に女性が選ばれるのは

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『mirage』

『mirage』

彼は、久しぶりのデートに遅刻してきた。

私は人を待つのが嫌いではないし、別に気にしていない。
それに、今日は私が会いたいといって、バイト帰りの彼を連れ出した。

無言でいても気まずくならない人が理想だと、どこかの誰かがいっていた。
だからきっと、私たちはお似合いだ。

彼の腕をつねる。
はじめから独りで生きていたら、寂しさなんてなかったのだろうか。

彼は視線をiPhoneから離さずに、空いた手

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『追想』

『追想』

「歌手になってみんなを元気にする!」

上手とはいえないけれど、力強い字で書いてある。
小学校の卒業文集、将来の夢を書いたもの。

ここに書かれている夢のうち、いくつが叶えられたのだろう。

中学高校は吹奏楽部で、部員と汗をかく日々だった。
最後のコンクール・定期演奏会へ向けての練習、終わった瞬間の安堵と感動、その後の喪失感と余韻は、まさに青春だったと思う。

*****

歌はずっと独学で、高校

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『大切な日』

『大切な日』

今日は《彼女》の誕生日だ。
22年前の今日、《彼女》はこの世に生を受けた。
そして4年前の今日、《彼女》は僕に出逢った。

「赤ちゃんが無事に元気で産まれてくるのって、奇跡みたいなことなんだよ。」
いつか《彼女》はそう言った。

そんな素敵な日だ。
昼前に起きて、フルグラとヨーグルトを食べてから、2駅離れたケーキ屋に向かった。

《彼女》はモンブランが大好きだ。
近所の洋菓子屋よりも、ここの方が美

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またね

またね

先生が黒板に白いチョークで〈今週のひとこと〉を書く。
みんな、連絡ノートと鉛筆を握りしめてそわそわしている。だって今日は金曜日だから。 何て書いてあるのか一生懸命見ようとして、ひょこひょこ体を乗り出している子もいる。右にずれたり、左にずれたり。風にゆれるコスモスみたいだ。
 風が止んでコスモスがぴんとのびる。

「情けは人のためならず」

僕の学校では、帰りの会で先生が少しお話をしてから「さよう

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