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これを「 じぶん 」と呼んでいたりする。

※   こちらのnoteでメモったことを、またkindle化したりしようかなとおもってます。kindle unlimited登録する場合、テキストが重複していると採用してもらえないそうなので、そのような理由で、後々記事を削除したり、有料化記事にして「見えない化」したりするかもしれません。

最近こしらえた カタサのワーク について

ぼんやり考えていたら…浮かんだ図 

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カタサとは?


このカタサのことを
「 じぶん 」と呼んでいたり、
「 じぶん 」と捉えていたり、
「 じぶん 」と認識していたりする。

この カタサ についての考察?をしていた流れで
出来上がったセッションワーク

セッション説明がそのままブログ記事的な内容になっているので、そのまま添付してみたいとおもいます。




いろいろ観察してみると、
人それぞれの カタサ があることに気づきました。

そのカタサは その人の「 個性 」でもあり、同時に「 生きづらさ 」のようなものを生じさせているようにもかんじられます。

そのカタサが

生きることを難しくさせているもの


そして、このカタサのことを

「 じぶん 」と呼んだり、捉えていたりします。

カラダの柔軟性も人それぞれ違うように、
この カタサ もいろいろです。

自分自身のカタサ(柔軟性)


人間関係でいえば、
お互いのカタサ(柔軟性)とカタサ(柔軟性)が
ぶつかり合っています。共鳴しあっている。

=  衝突 気になる 許せない

そして、相手・世界とのやりとりでかんじているのは

自分自身のカタサ です。

つまり、

どこまでいっても自分自身のカタサ


どこまでいっても、
相手や世界、対象にかんじているものは

自分自身のカタサ(柔軟性)ということです。

それは違う表現でいうと


対象をどのようにかんじるかは
自分次第で どーにでもなる ということです。


このカタサに柔軟性がある
(やわらかい、または無い)と

それはそのまま 生きやすさ につながってきます。


よかったら、つづきはこちらにて>> カタサのワーク


kindle本でました。

これ以外のなにかはない:悟りというのがなんなのかはわかりませんが

これ以外のなにかはない

ウェルカムレイン☆サヤカ http://sky.holy.jp


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