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データで見る日本社会の「大変」―日米リーダー交代からの気づき(2)(柳澤協二氏)

【道しるべより特別寄稿のご紹介】
柳澤協二元内閣官房副長官補/防衛研究所所長による新連載『日米リーダー交代からの気づき』。初回では、熱狂のない日米リーダー交代の背後に「不安の時代」に直面し立ち往生する社会の有様が描かれました。
https://note.com/guidepost_ge/n/n840b457c7675
2回目では各種データをもとに、格差が影を落とす現在の日本社会に焦点を当て、あるべき展望を探ります。


 報道されたデータをあげれば、日本では、生活保護申請が4月に30%増、自殺は8月に15.7%増となりました。生活保護を好んで受ける人はいません。人は本来、まっとうに働いて自分で自分の生活を支えることで誇りや喜びを感じるものだと思います。つまり、コロナでそんなことを言っていられる状況ではなくなったということです。毎年減少傾向にあった自殺が増加したことは、絶望のストレートな表れだと思います。

自殺者数の年次推移(厚労省)

[画像]減少傾向を見せていた年次自殺者数が、コロナ禍による緊急事態宣言が発令された令和2年以降上昇に転じた。
(出典:厚生労働省自殺対策推進室/警察庁生活安全局生活安全企画課「令和2年中における自殺の状況」P.2 https://www.mhlw.go.jp/content/R2kakutei-01.pdf)


 振り返れば米国では、1980年代のレーガノミクスで富裕層への減税を行った結果、貧富の格差が拡大しました。上位1%の富は、80年に約2割でしたが、2014年には4割になっています。残り99%の富は8割から6割 に減っています。格差社会の元凶です。

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 日本における格差は米国ほどではないと思いますが、アベノミクスの結果、通貨供給は2010年の98兆円から2019年の572兆円 と5倍以上に拡大する一方、家計消費支出は月29万円のままです。トリクルダウンはおこらず、暮らしはよくなっていません。国と自治体の借金は、GDPの2.7倍に膨らみました。GDPを500兆円とすれ借金は約1500兆円、1億人で割れば国民一人あたり1,500万円です。国民がそんなお金を持っていないとすれば、子・孫の世代まで返済すべき借金になります。自分が払わないから、平気で借金をする。それが政府の現状なのです。

 これで子供を産みたくなるはずはありません。出生率は年々低下し、少子高齢化と人口減少が進んでいます。そして減った人口に家計消費をかけ合わせれば、消費は減少します。需要と供給能力のギャップはすでに10%もあるそうです。供給能力を拡大する成長戦略をとっても、家計が潤わなければ格差が拡大します。そういう経済成長に、一体何の意味があるのでしょうか。経済とは、「経世済民」です。目的は、人々を幸せにすることであって、パイを大きくすることではないのです。

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 最近驚いたニュースが二つあります。一つが、コロナ禍の真っ最中に株価が最高値を付けていることです。実体経済を全く反映しているとは決して言えないこの状況の中、日銀と公的年金原資が最大の株主となりました。市場の「見えざる手」に委ねておけば、最大多数の最大幸福が実現するという自由主義経済の基本原理が崩壊しています。市場にも任せられず、国にも任せられない経済がどうなっていくのか、誰にも分かりません。日本の株も国債も、タダの紙屑だと気付いたとき、日本は破綻します 。

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[画像]第二次安倍政権誕生から菅政権までの日経平均株価の推移。コロナ禍の2021年に最高値を更新している。
(出典)Smart Chart PLUS 日経平均株価
https://www.nikkei.com/smartchart/?code=N101%2FT&timeframe=10y&interval=1Month&upperIndicators=sma&lowerIndicators=volume&eventsShow=0)


 もう一つ、霞が関の若手キャリア官僚の離職が増えているニュースにも驚きました。18年には84人で、毎年採用数の約1割に相当します。「やりがいを感じない」という理由だそうで、政策よりも忖度重視の人事の影響が大きいことがうかがえます。忖度に生きがいを感じる人間はいないからです。
 転職先は、おそらく外資系金融やIT関連企業だと思います。こちらのほうが高い報酬が約束されるでしょう。でも、それが「やりがい」と言われると、抵抗感があります。社会にどれだけ役立っているかではなく、利益と報酬で人生の価値を決める。知的エリートと言われる一握りの人々がそういう人生観を持つとしたら、残り99%に目を向けることはない。


 そこに、IT技術革新に重点を置く政府の「成長」戦略が作用すれば、社会はますますエリートのための社会になり、成長(パイの拡大)が行きわたらず、生きがいを持った1%の「勝ち組」と、生きがいを持てない99%の「負け組」に分裂していきます。

デジタル社会形成基本法案の概要(デジタル庁)

[画像]菅政権の看板政策の一つであるデジタル庁創設の根拠となる「デジタル社会形成基本法案」の概要紹介。
(出典:デジタル庁「デジタル社会形成基本法(令和3年法律第35号)」
https://www.digital.go.jp/laws )

【執筆者紹介】
柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)
東京大学法学部卒。防衛庁(当時)に入庁し、運用局長、防衛研究所所長などを経て、2004年から09年まで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)。現在、国際地政学研究所理事長。

柳澤理事長 論考掲載写真7分の1サイズ


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