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物語『ビワの木の生き方』

 心安らぐ生き方ができる物語。庭に植えられた一本のビワの木のように生きていく。なんのはからいもなく、自分の場所で自分の役割を果たして、今この瞬間を全力で生きていく。


 ある家の庭に一本のビワの木が植えられていました。植えられてから二十年にもなる、大きなビワの木です。二階のベランダまで高さがある、大きな木です。ビワの木の名前は「ユタカ」といいました。

 十二月が来て、冬になりました。ユタカの枝の先のほうに白い小さな花が咲きました。
 メジロのマリコがユタカのもとにやって来て、枝にとまりました。ユタカのきれいな花を見て、さえずりました。
「ユタカさん。毎年、きれいな花を咲かせてくれてありがとう」
 ユタカはただ静かにほほえみました。

 4月が来て、春になりました。ビワの実がなって、カラスのコタロウが実を食べに来ました。コタロウは、家の屋根からユタカの枝に飛んで来てビワの実を一つとって、屋根の上にもどって食べています。
 コタロウがユタカに言いました。
「ユタカくん。毎年、おいしい実をつけてくれてありがとう。おなかがいっぱいになったよ」
 ユタカはただ静かにほほえみました。
  
 六月が来て、梅雨になりました。突然、大雨が降り始め、メジロのミワコがユタカの枝の下に雨宿りにやって来ました。
 ミワコがユタカに言いました。
「ユタカくん。雨宿りさせてくれて、ありがとう。助かったよ」
 ユタカはただ静かにほほえみました。
 
 七月が来て、初夏になりました。ヒヨドリのタロウとハナコはユタカの枝に巣を作りました。そして、四つの卵を産みました。二週間がたち、かわいい雛が生まれました。さらに十日が過ぎて、雛たちが巣立っていきました。
 タロウとハナコがユタカにいいました。
「ユタカくん。毎年、君の枝に巣を作らせてくれてありがとう。おかげで、今年も雛たちを元気に育てることができたよ」
 ユタカはただ静かにほほえみました。

 八月が来て、熱い夏になりました。スズメのシノブが木陰を求めて、ユタカのもとにやってきました。
 シノブがユタカに言いました。
「ユタカくん。こんな日差しの強い日に木陰に入れてくれて、ありがとう。助かるよ」
 ユタカはただ静かにほほえみました。

 十二月が来て、冬になりました。冷たい北風が吹いてきて、ユタカは葉っぱをすべて地面に落としました。

 三月が来て、春になりました。暖かい日差しを受けて、ユタカは枝から新芽を出しました。

 ある夜、フクロウのギンジロウがやって来て、ユタカの枝に留まりました。そして、ギンジロウはユタカに言いました。
「ユタカ。君はバカじゃないのか? メジロのマリコにきれいな花をただで見せてあげただろう? それから、カラスのコタロウにおいしい実をただで食べさせてあげただろう? それから、メジロのミワコにただで雨宿りさせてあげただろう? それから、ヒヨドリのタロウとハナコにただで巣を作らせてあげただろう? それから、スズメのシノブにただで木陰を提供しただろう? 君は、春が来たら芽を出して葉を茂らせ、夏が来たら実をならせ、冬になったら葉を落とし、そして春がやって来たら、また芽を出す。毎年毎年、そんなことを繰り返すなんて、一体、どういうつもりなんだ?」
 ユタカはただ静かにほほえみました。
 その時、白い鳩が飛んで来て、ユタカの枝に留まりました。そして、白い鳩はギンジロウに言いました。
「ギンジロウ。ユタカは自分の場所で自分の役割をただ果たしているんだよ。ユタカは『自分は良いことをしている』とか、『自分は世界のために貢献している』とか思っていないんだ。ユタカはなんのはからいもなく、多くの鳥たちに木陰を提供し、実を与えるんだ。ユタカはなんのはからいもなく、二酸化炭素を吸い、酸素を吐き出すんだ。それは、生きている動物たちすべてのためになるんだよ。そうしたことを毎年繰り返し、ユタカは世界の一部としてとても重要な役割を果たしているんだよ」
 ギンジロウはユタカに向かって深く頭を下げました。白い鳩はユタカに寄り沿って、口にくわえていたオリーブの若葉をユタカに捧げました。
 ユタカはただ静かにほほえみました。

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