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「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画」千葉市美術館 美術出版(2015):西洋の知は日本美術の独自性をトポロジカル空間にあると見た!(その5)(最終回)

 記事(その4)からの続きです。今回が最終回です(長文になります)。
 展覧会の訪問記をいくつか優先して書いたので、前回の記事からだいぶ時間が経ってしまいました。末尾にこれまでの記事の一覧を示しますので、思い出したい方は最初からお読みください。もちろん、この記事だけでもご理解いただけます。


(2)日本の絵画の精神性とは何か? なぜ日本美術の先進性なのか? なぜ欧米人は日本の文化なのか? ドラッカーの言葉から考える

 ドラッカーの講演記録を何度も読み返すうちに、その室町水墨画の鑑賞において次の言葉が頭に残りました。

(1)精神性」「入り込む」「精神的なものの存在する自分自身に引き戻してくれる」「清明な精神の世界」「創造と創世の世界に入っていく」「別の人間になります」「空間表現は、外面的な実際の経験より内面的な内なる経験であり、媒介
(2)「抑制された自発性」鉄壁の練習と修業」「直観性を得ました」「瞬間的なもの」「瞬間の動きを自由に」「直観的なもの、瞬間性、自然さ」「存在経験に対する反応」「自己鍛錬の積み重ね

 分類(1)は、水墨画自身が持つ精神性、および鑑賞者が望む精神世界に関わる言葉です。(2)は、水墨画の作者の心構え、鍛錬を示す言葉を示します。

 講演記録の中で、繰り返しこれらの言葉が使われ、ドラッカーの室町水墨画や日本絵画への心からの熱意と愛情を感じます。

なお、文字ばかりでは分かりにくいので、これらの言葉の対象となったドラッカーが講演で示した室町水墨画を再掲載します。

ドラッカーコレクションの室町水墨画(再掲載)

 これらの言葉を読みながら、私は内心「これはどこかで見たことがあるぞ」と思いました。

 そうです、明治以降現在に至る欧米人、特に創造活動を職業とする学者や芸術家(音楽、絵画)、最近では起業家、経営者が、日本の「ZEN」とそれに連なる文化・伝統に惹かれる姿ではないかと。
 鈴木大拙の英文著作による禅ブームや欧米での禅僧の活動、最近では外国人禅僧の出現や、スティーブ・ジョブズ氏らの経営者の「ZEN」への関心は、マスコミでも報じられたので、ご存じの方も多いと思います。

 (2)に関連して言えば座禅はもちろん、「」が付くあらゆる日本の伝統文化に近年ますます欧米人が惹かれているように見えます。修練鍛錬という点では、文字通り身体訓練武道古武道が真っ先に思い浮かびますが、近年の人気はおそらく身体だけでなく根元にある精神に惹かれているのでしょう。

 ドラッカーはこれらの言葉を日本の水墨画に対して用い、「精神性」を与えるのは唯一日本の「室町水墨画」「禅画」「南画」だけだといいます。
 
そこで疑問が湧きます。はたしてドラッカーが言う通りなのかと。

 私はそうではないと思います。

 確かに、講演の論旨を見る限り、ドラッカーの言う通りに思えます。しかし、それは西洋近代知識人が関心を持つ「精神性」ではないか。中国水墨画には中国人が理解する「精神性」があるはずです。また、(2)修練、鍛錬についても、中国水墨画制作時のとてつもなく高度な技術を得るために修練が必要なはずです。

 思い起こせば文明社会が始まった後、美術工芸品は膨大な数作られ、現代においても世界の全ての国、地域でそれらの制作は続けられています。その作品には、作者が生まれ育った国、地域の歴史、伝統文化、経済社会になど環境に由来する精神が込められており、制作者は、作品を理解できる人を前提に作っているはずです。ですから作品に対して、地域や国、民族の違いにより精神性の有無が生じることはないと考えます。

 それではドラッカーの言う「日本の水墨画しかない精神性」とは何か、もう少し別の視点で考えたいと思います。

 ドラッカーは講演の中で「精神性」について、いくつかヒントになる言葉があります。それは次の言葉です。

1)20世紀の西欧人にとって、禅画は表現主義の完成したかたちである、2)ヨーロッパの20世紀の表現主義よりも、はるかに偉大な成果をしめすもの、3)ヨーロッパの表現主義も反体制文化でした、4)禅画は(中略)江戸時代の物質主義に反抗するものでもありました、5)西洋人は自然を人間に役立てるものと考えている。中国人は自然を人間から切り離された存在(中略)と考えている。日本の山水画家は、人は自然の中に生き、自然は人ぬきでは完全ではないとしています。6)日本は「先んじていた」。江戸期の「個人主義」。

 これらのヒントから私は以下のように考えます。

●ドラッカーは、日本人は、自分たち西欧知識人の精神と共通の基盤を持つことを前提にしているようだ。すわわち西欧歴史的に同じ精神構造の変遷を経てきたという前提に立っている。西欧社会、特に近代知識人行き詰まりの打開策は日本の「禅画」にあるとみている。すなわち「zen」だ。さらにさかのぼれば、室町時代水墨山水画である。これらは見る者を招き入れられるままに絵の中に入り、何らかの精神的変化(悟り?、心の安寧)を引き起こして別の人間になることができる。
●日本の精神構造の変化が西欧のそれと同じという前提は、政治体制、経済構造、社会の仕組み変遷が他の中華圏の国と違って西欧と類似していたという場合のみ成立する。しかし西欧での王政、日本では幕藩体制までの歴史的経緯は同じでも、日本は江戸末まで封建社会が続いたのに対し、西欧はいち早く市民革命が起こり王政が倒された歴史的経緯があるので一見一致しない。一方政治体制ではなく、経済構造社会の仕組みだけを見ると、江戸期は西欧の産業革命以前に「商品経済」の発達と「都市文化」の隆盛により、大衆も含めた「知識ネットワーク社会」が到来している。そのため江戸中期には封建社会にもかかわらず、西欧の「近代精神」に近い精神構造が個人レベルで萌芽していたのではないかと考える。

 私は西欧の産業革命以前に、日本が100年、200年単位で、ドラッカーの言葉を使えば「先んじていた」ことがあったと思います。

 特に桃山以降、江戸時代になって大規模都市の形成商業の発展に伴い大衆参加の知識情報ネットワークなどの都市文化大衆文化の興隆など、江戸時代は産業革命以前の英国に比べれば、はるかに「先んじていた」と推定します(この項の末尾の(注)をご覧ください)。

 特に、高い識字率は大衆レベルで知識階層を生み出す源だと思いますが、英国の場合、産業革命前後で「読み書きができる」「読めるが書くのは不十分」を併せて30%程度に対して日本の場合江戸時代の初めから識字率は高く男女ともに60%から70%近い値を見たことがあります。
 統計値はその調べ方に依存するので、直接比べるのは難しいのですが、識字率のベースになる学校の普及率を見ると、日本の場合寺子屋が全国高い密度で普及していたのに対し、同時代の英国はその普及率がはるかに低いことから両国の識字率の大きな差を裏付けていると思います。

 ですから、実際その高い識字率に支えられて、江戸時代に夥しい本が出版されました。中でも「読本」は多くの大衆が貸本屋を通じて読まれたことが知られています。ちなみに滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」の表紙と、絵入り読本のフリー画像を参考までに示します。

南総里見八犬伝の表紙
出典:wikimedia commons, public domain
読本の本文の例
左:《椿説弓張月》 Photo by (c)Tomo.Yun http://www.yunphoto.net
右:《正信偈訓読図会》 wikimedia commons, public domain

 今回はじめて私は「南総里見八犬伝」の表紙を見たのですが、まるで現代でも十分通用しそうなおしゃれなデザインに目を見張りました。これをもってしても、大衆向けにもかかわらず江戸期の意匠感覚が同時代の西欧に引けをとらない、いやむしろ超えていた云えるのではないでしょうか。
 また識字率に関して言えば、文章はひらがなのルビがふってあるとはいえ、難読漢字だらけで、大衆識字率の高さがあるからこそこのような本も出版が出来ることがわかります。

 以上、長々と説明しましたが、言いたいことは、このような社会状況の中で江戸時代日本人は、後の産業革命以後の欧米の人びとに近い精神構造先んじて持ち始めていたのではないかということです。
 ですから、ドラッカーが講演の中で、江戸の画家達の「個人主義」について言及している謂れがそこにあるのではないかと考えます。

 以上を頭に入れると、ドラッカーが一貫して室町水墨山水、江戸期の禅画文人画(南画)について述べている日本絵画の「精神性」は、西欧知識人にとって受け入れやすいものであったことが理解できるのではないでしょうか。

 (注)以前から不思議に思っていたのですが、江戸時代の厳しい身分制度にもかかわらず、浄瑠璃、黄表紙、読本などの戯作、俳諧や、絵画など創作活動に関する限り、身分に関係なく職業としたり、身分を越えて幅広く交流している様子が見えることです。すなわち武士階級から一般大衆まで含めた知識ネットワーク社会の到来です。
 江戸後期には武士の身分をお金で買うことも出来、身分制度の実質的な崩壊が起こっていたと考える方がよいかもしれません。余談ですが、樋口一葉の父親がお金で旗本の株を買い幕府直参の武士になったことを以前読んだ時は「えっ?」と驚いたものです。このような例は江戸中期以降は普通に行われたようで、身分制度の枠組みは依然保持されつつも、内実は事実上崩れていたと思われます。

(3)日本の水墨画の独自性について(中国、西洋絵画との違い)
 なぜ日本絵画の専門家は、非専門家の日本美術についての新らしいコンセプトを引用しないのか、またなぜ自然科学、数学の概念を評価しないのか?

 さて、記事その2~4の中ですでに紹介したようにドラッカーは、前項で述べた「精神性」とは別に室町水墨画絵画様式独自性についてある重要な視点を提示しています。

●日本の室町水墨画では、常に最初に空間があり、そしてデザインによって余白を仕切られ、構築され、さらに限定されるすなわち「デザインー意匠」が特徴である。
●西欧絵画が幾何学、中国絵画は代数的と規定すると、日本の余白を構成するデザインはトポロジカル
すなわち位相幾何学的である。位相幾何学では、空間は「現実」であり、空間の構築はすなわち「視覚化」としてとらえられる。

 文章が続き分かりにくいと思います。理解を助けるためにすでに例示した図を改めて掲載します。

「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画」千葉市美術館 美術出版(2015) 74頁より

 一言で言えば、室町の水墨山水画のデザイン性画面空間構成に独自性があるということです。

 ただこのことは西洋美術評論家ジャポニスム受容期に主に江戸期の日本の絵画の特徴として指摘しており、今日ではよく知られている見方です。しかし室町時代にまでさかのぼり、しかも水墨画に対して指摘している例は少なくとも私は知らず、ドラッカーが初めてではないでしょうか。

 日本の美術の独自性を語った人は内外を問わず多いのですが、水墨画、特に室町水墨画について語った人は少ないと思います。もしかすると禅画を日本人ではなく西洋人が最初に評価したように、西洋人だからこそ見えたのかもしれません。あるいはコレクターとして多数の作品を自費で購入するために、真剣に評価してきたドラッカーだからこそ言えたのかもしれません。実際すべての西洋人が水墨画を見て同じことを感じ取れるわけではありませんから。

 さらに加えて、ドラッカーが「幾何学的」「代数的」「トポロジカル:位相幾何学的」という数学概念を絵画に当てはめるのは、いかにも欧米の学者ならではと思います。

 私はドラッカー室町時代水墨画に対して日本美術のデザイン(意匠)性を適用する考え方に軽い驚きと納得感が湧きました。また数学の概念を絵画の画面構成に当てはめる考え方に、欧米の学者の本に共通する知的興奮を覚えました。大方の人は、数学の用語を使う必要があったか疑問に思われるかもしれませんが、高度な抽象概念である数学用語は物事の本質を理解する助けになるものと考えます。

 さて、実は一連のドラッカーの考え方を紹介する中で一つの疑問が湧いたのです。

 それは、「なぜ、私はこのようなドラッカーの考え方を一度も目にしたことが無かったのだろうか?」 言い換えれば「なぜドラッカーの言葉は日本美術の本のなかで言及されないのか?」という疑問です。

 「線スケッチ」をはじめてから「日本絵画」に関心を向けて20年弱になります。日本絵画専門の学者研究者が書いた一般読者向けの主要な解説書入門書はほぼ目にしているつもりですが、ドラッカー日本絵画の見方について書かれた本は一度も見たことがありませんでした。
 もちろん私が見逃している可能性が高いのですが、少なくとも広く書かれていないことは確かでしょう。

 それはなぜなのか? 邪推すると、私は日本絵画の専門家だからこそ書けないのだと思います。おそらくドラッカー専門外の人間として、しかも「ガイジン」として、はなから相手にしていないのではないでしょうか。
 少々差別的な言い方になりました。逆に学者、専門家の立場にたってみます。すると彼らにすれば学術的な手続きを踏んでいないドラッカーの言葉を肯定的に引用したならば、自分の専門家としての信頼度が低下してしまう、学界からも問題視されるかもしれないということになります。

 仮にそうだとしても、これまでにない見方で、面白い考え方であれば、一般書の中では示唆的な言葉として引用してもいいようなものですが・・・。

 そういえば、「日本絵画」の独自性についてこれまで発言している人についてさらに連想が湧きます。

 興味深いことに、日本絵画の専門家こそ日本絵画の独自性について積極的に発言すべきなのに、独自の概念を生み出した専門家がこれまでほとんどいないことに気づきます。

 むしろ積極的に発言してきたのは、門外漢小説家評論家哲学者などの人々です。そしておもしろいことに、美術の分野に限っても、日本絵画専門家ではなく、西洋絵画が専門の美術史家周辺分野専門家なのです。

 例えば、美術の分野で思いつくのは、少し時代が前の人になりすが、矢代幸雄(西洋美術)源豊宗(仏教美術)河北倫明(哲学科出身、近代日本美術史)高階秀爾(西洋美術史)といった人々です。

 同じ美術分野では、実作者の発言も無視できません。代表格としては「縄文の美」を見出した岡本太郎でしょう。ただ私自身は彼の作品は理解できず、また「芸術は爆発だ!」の発言やテレビに出て世間を驚かすおもしろいおじさんとも見ていません。その評論集を読む限りフランスで「美学」や「民俗学」を修めた西欧型知識人だと思います。まさに「ドラッカー」の系譜に繋がるひとです。
 小説家批評家評論家の例を挙げればきりがないので、省略します。

 以上から私は、せっかく日本絵画を専門にしているのなら、せめて一般向けの解説書や入門書では、その深い専門分野の知識だけでなく、他分野の幅広い意見や、学問から少し離れた大胆な意見を述べてもよいのではないかと思うのです。

それでは、もう一つの疑問についても考えてみます。

 それは、「なぜ日本絵画の専門家は、自然科学、数学の概念を評価し、自分の分野に取り入れないのか?」です。                                  

  ドラッカー数学用語、「トポロジカル空間」を使って室町水墨画空間構成独自性を表したことに対して、私が知的興奮を覚えたことをすでに述べましたが、この件についても日本絵画専門家が言及した例を知りません。

 実は、打ち明けますと、今回この記事を書いている間に例外を発見しました。それは構成学(デザイン学)が専門の三井秀樹氏の著書「琳派のデザイン学」です。

 三井秀樹氏は、平成11年初版「美のジャポニスム」(文春新書)の著者でその本を私は当時購入し愛読していたのです。ですからドラッカーの記事を書いている間に、上記著書を古本屋で見つけたのでただちに購入したという訳です。

 さて、上記著書の中で三井氏は「日本美術は装飾美術や応用美術を超えたデザインという概念で括られる」と述べた後に下記のようにドラッカーを紹介しています。

こうした意味では興味深い指摘があります。ピーター・ドラッカーは著書「日本画の中の日本人」の中で、「日本美術は装飾的というよりデザイン的である」と論評しています。さらには「日本美術の根底には空間概念があり、余白が大きな意味を持っている」と卓越した見識を展開しました。

三井秀樹著「琳派のデザイン学」(文春新書)(2013) p97

 そして、三井氏はこの文の後、ドラッカーが数多くの経営学の名著を表した人物であることは知っていたが、「日本美術にもこれほど造詣が深いとは私は知りませんでした。」と正直に述べています。

 三井氏は、デザイン学専門研究者であり、しかも日本美術を対象に長年研究していますから、私と違って関連文献書物をくまなく目を通しているはずです。その三井氏が、ドラッカーが日本美術に造詣が深いとは知らなかったというのですから、ドラッカーが日本美術専門家が言及していないと私が感じていたことは間違いではなかったといってよいでしょう。

 興味深いことに私が知る限り、三井秀樹氏は、ドラッカーに次いで近代数学の概念日本絵画の絵画空間の構成に適用した二人目の人物です。

 詳細は省きますが、三井氏ベノア・マンデルブローフラクタル理論日本絵画空間構成原理に適用しているのです。

 ここから先が私が云いたいことです。おそらく予想された読者もいらっしゃるかもしれません。なんと驚くべきことに、(いやもはや驚きません、十分予想されるように)ドラッカーと同様、三井氏についても日本美術専門家まったく言及していないのです。

 原因はおそらく「評価ができない」ことにあると思います。

 ドラッカーの場合は、講演会の語り口から平易に話していますが、彼の内容には、第二次大戦後の西欧の哲学を含む新しい「」のうねりが背景にあると思います。例えば、「構造主義」「精神分析学」「位相幾何学」「心理学」などです。ドラッカーはそれらを別々に考えるのではなく相互横断し、一体化して自身の「経営学」「社会学」「日本美術論」その他の知的創作活動の共通基盤にしているわけです。

 すなわち細分化された日本美術専門家にとって、領域横断的概念を評価するためには各領域の知識を高いレベルで把握しなければならず、労苦あって益なしということなのでしょう。

 一方、三井氏の場合はドラッカーと違い、学際的な思想背景というよりも、「日本美術のデザイン、構成原理の探求」という人文科学的な課題に対し、「フラクタル理論」という数学を取り入れ、コンピュータも研究に使用するなど、シンプルに数学・自然科学を結びつけています。
 一昔前ならわが国では人文科学自然科学を同時に扱うことは考えられなかったと思いますが、三井氏はそれを気負うことなく自然に実施しているように見えます。

 もう一つの原因として考えられることは、新概念提案することに躊躇しているのではないかということです。逆に言えば、他人が提案した新概念を紹介するのも怖気づくという訳です。

 自然科学の分野では新概念を提案し、実験的実証すれば、査読を経て論文になり、他の研究機関での再現・検証を経れば受け入れられます。しかし、人文科学では実験的に実証することが困難なために、教科書を書き換える、あるいは加えられるほどの新概念を提案するのは勇気がいることでしょう。

 とはいえ、学術的論文ならともかく、エッセイのように縛りの無いところでは、大胆な見方・考え方を書いてもよいのではないでしょうか。ひいてはそれが自身の学問にも好影響を及ぼすでしょうし、私たち日本美術を愛する一般人に対しても知的に活性化する効果を及ぼすことになると思います。

(おしまい)

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その1

その2

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