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「村上隆もののけ京都」展(1):なぜ訪問? スケッチとは無縁の村上隆展


はじめに

  4月18日に投稿した下記の記事の末尾で私は表題の展覧会について以下のように書きました。

 展覧会ポスターに採用された作品《金色の夏の空のお花畑》をご覧ください。(画像略)
 ものの見事に、こちらに花が顔を向けているではありませんか。
 日本を代表する画家が、伝統的絵画手法を採用していることにある種の感慨をもちました。
 次に関西に行った折に訪問してみようと思います。

わたなべ・えいいち「国宝障壁画展示《楓図》《桜図》(智積院・宝物館):茫々60年、あれは夢・幻だったのか?国宝の前のお昼寝」
https://note.com/wataei172/n/nf14b79a6e11d

 7月15日に関西に行くことにしたので、京都到着後、さっそく「村上隆もののけ京都」展に直行しました。

村上隆と私

 展覧会の感想を述べる前に、「線スケッチ」とは直接関係のない村上隆氏の展覧会をなぜ訪問したのか、その背景を説明します。

 線スケッチを始める前、若い頃の私は完全に西洋美術一辺倒の人間でした。そうなった理由は、当時の大半の若者と同じく単なる西洋かぶれだったからと云えますが、一方言い訳をすると私が受けた美術教育は西洋美術中心だったことも大きいと思います(幼児から思春期に至るまでに受けた教育内容、価値観は、成人してもそう簡単に変わるものではありません)。

 成人になる頃は、日本の社会は戦後の高度成長経済が終わり、敗戦国としての産業的恩恵がなくなるという転換点に入っていました。

 理系の大学院に進んだ私は、卒業後素材産業の企業に就職して技術開発の道に進み、否応なく当時の時代の変化を受けることになります。
 すなわち、当時すでに技術導入した欧米の基本技術の単なる改良だけでは立ちいかなくなり、欧米と同様に基本技術を生み出すことが必要な時代になっていたのです。

 このような産業界の状況以前に、日本の大学の研究、少なくとも私が専攻した「化学」の分野では、すでに世界の一線の研究者と競い合う時代になり、1970年代から80年代にかけての若手、中堅の研究者からすばらしい研究成果が続いていました。その後30年~40年経ってから、当時の成果に対して続々ノーベル化学賞が授与され大々的に報道されたので、読者の皆様もいかに当時の研究水準が高かったかを理解していただけると思います。

 さて上のような状況にどっぷり浸っていた私が、当時の日本絵画の状況、特に日本画に対してどのような眼で見ていたか、次に述べたいと思います(なお、以下の見方には現在日本画を志す人そして現在描かれている人には失礼な内容を含むかもしれません。当時の私の未熟さからくるものであり、現在はまったく異なる考えを持っていますことを先に書き添えます)。

当時の日本絵画に対する私の見方

 明治以降、同じ絵画であるにもかかわらず日本では名称が洋画日本画に分かれ、それが現代まで続いていることが何故なのか私にはまったく理解できませんでした。中でも不思議だったのは日本画の大家の作品が、世界の市場とは全く関係が無く、国内の評価だけでとんでもない高額で取引されていることでした。

 そのような日本の絵画の歴史と現状について疑問を持ちつつ月日は流れ、定年近くなって「線スケッチ」を始めてから「日本の美術」に関心を持つようになったことは別の記事で述べた通りです。

 丁度そのころ、世界で通用する日本人美術作家として、奈良美智氏村上隆氏の名前を私も目にするようになりました。しかも、村上氏は日本の絵画界の現状に批判的で、自ら日本の画壇から「嫌われている」とまで云っているのです。
 作品のみならず著作や異分野の人々との対談などを通じて自分の意見を世に問う積極的な姿勢に興味を持ち、以下の単行本(「芸術闘争論」)と新書(「想像力なき日本アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」)を購入し読んでみました。

 詳しい内容と感想は控えますが、当時(発行年の2010年と2012年)私は日本の画家にもこのような人がいるのかと驚きました。また企業の技術開発部門に所属していた立場から、著者の主張および実践していることは、当時注目されていた技術革新と企業経営に焦点を当てた「技術経営(MOT)」の視点で見ると、どれをとってももっともな内容で大変共感しました。

 ですが当時私は村上隆氏の日本美術への想いを理解したかと云えば「」といわざるをえません。
 なぜなら、日本美術に関心を持ったといってもその範囲は狭く、ペンで輪郭を描く「線スケッチ」の立場で「浮世絵版画」(特に風景画の北斎広重)を絵画として意識し始めたばかりですし、またわが国ではほとんど知られていなかった「新版画川瀬巴水吉田博など)を知ったばかりで、これまで傾倒してきたエドゥアール・マネ以降の印象派およびポスト印象派他の西洋絵画に対する浮世絵版画の影響、すなわち「日本の一体何が」影響を与えたのか、一方欧米人はなぜそこまで「新版画」に熱狂するのかについて考え始めた頃だからです。

 すなわち、狩野永徳に対する当時の評「恠恠奇奇(カイカイキキ)」を自分の工房の会社の名前に選び、日本美術を優美上品装飾的、あるいは「侘び寂び」で括られていた従来の通念とは全く異なる見方をしている村上氏の日本美術の理解や想いを、日本美術をかじり始めた私が理解できるはずもなかったのです。

 しかし、ようやく一昨年から今年にかけて日本の水墨画の理解を深めようと、室町水墨画だけでなく、やまと絵金碧障壁画や、江戸絵画(狩野派文人画南画琳派浮世絵秋田蘭画など)、そして明治期日本画水墨画にまで範囲を広げ、note の記事を書いて来ました。

 その過程で、日本美術独自性とは何か、西洋の芸術美術作家性概念と日本の美術との違い商業美術工芸純粋美術の価値など本質的な課題が否応なく浮かび上がってきました。

 そのような状況の中で、ほぼ日本では開催されないと思われた村上隆氏の個展が京都で催されることを知ったのです。

 そこで現在の私であれば、日本美術と向き合って制作された村上隆氏の作品を見ることで、日本美術に対する課題をより明確化し掘り下げることができるのではないかという期待で訪問したというわけです。

いざ入場、会場入口まで

 それでは企画展の会場入り口までの行程を紹介しましょう。開始時間の午前10時前に到着するとすでに行列ができていました。あらかじめ、チケットを予約してあったので余裕です。1階ホールに入るなり、壁一面の桜と金、銀、桜の壁画と《阿吽像》が見えたので、会場に入ったのかと錯覚しましたが、そうではありませんでした。しかしこの段階ですでに今回の個展のエッセンスに触れたことになります。

図1 地下一階入口(左)、1階ホール(右)
出典:筆者撮影

 訪れた人は、ここで村上作品の好き嫌いの判定がためされるのかもしれません。2014年制作の《阿吽像》はどこにも宗教的荘厳さも優美さもありません。極彩色でむしろ一体木彫なのか単なるプラスティック製の巨大なフィギュアなのか皆目分かりません(図1)。

図1 《阿吽像》 左:《阿像》、右:《吽像》
出典:筆者撮影
図2 阿吽像の足元の様子 上:阿像の足元、下:吽像の足元
出典:筆者撮影

 足元の鬼の表情や台座の作りも非常に細かくて、そのカラフルな装飾とともに見入ってしまいます。桜の壁画の入り口を過ぎると、日本庭園の中に巨大なルイ・ヴィトンとのコラボ作品《お花の親子》が見えてきます。

 そのきんきらきんの造形物と、東山を借景とした典型的な日本庭園とはとうてい合わないはずですが、それでも金閣寺を見慣れた目にはなぜか違和感を感じません。すでに、権力者(現代では大富豪)と美意識の問題が提示されています。

図3 《お花の親子》
出典:筆者撮影

 いよいよ会場に入場です。個別の感想を述べる前に、全体感想を列記します。

全体感想

1.村上隆氏自身がメディアの至る所で発言しているように、今回の個展は、京セラ美術館事業企画推進室ゼネラルマネージャーの高橋信也氏の企画色が強い。
2.個人的には、高橋氏の企画による新作よりも旧作の方が、当時の作家本人の強い想い(「スーパーフラット」のコンセプトも含め)が出ていて大変刺激を受ける。事実、高橋氏の指示で制作した今回の個展の目玉の《洛中洛外図》《村上隆版 祇園祭礼図》は、村上氏本人が「模写をしただけですから(褒められても困る)」と半ば謙遜して云う様に「ウォーリーを探せ」に近い面白さはあるものの作品そのもののインパクトはない。
3.絵画は一見日本美術の名作を伝統的な描き方や色使いを変えてモダーンにしているだけに見えるが、実は深い日本美術の理解の上に換骨奪胎し従来にないものを付け加えたりして、新たな日本絵画に仕立て直しているのが分かる。
4.漫画アニメの延長にあるキャラクター画フィギュアを今回発展させて、壁一面に貼られた「トレーディングカード」の原画に強い印象を受けた。次世代のアートの可能性を感じさせる。事実、村上氏本人が一番推している作品である。2019年にロンドンの大英博物館で開催された「Citi exhibition Manga, マンガ展」につぐ世界的な美術の流れの一つと見ることができるのではないか。

 個別の作品ごとの感想は次回紹介します。

これからご覧になる方へ

 以上は、私の問題意識に基づいた偏った感想です。通常に鑑賞したい方は、下記の動画をあらかじめ見て行かれるとよいと思います。会場内にも作家のメッセージ(言い訳と云っています)が至る所に貼られていますが、その背景がよく分かると思います。

 村上氏が今回の個展は京セラ美術館事業企画推進室ゼネラルマネージャー高橋信也氏の主導によると語っています。仕掛け人である高橋氏の言葉を下記動画で聞いてから展覧会にいくのもよいと思います。

 (次回に続く)

 前回の記事は、下記をご覧ください。


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