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ぼろぼろになるまで読んだ本と、もう一度旅をする為に【手製本:ふしぎをのせたアリエル号】0143


古びた地図のようになった表紙に
航海に乗り出すアリエル号を描いた。


1:子供の頃から一緒にいる

 この本とは、20年来の付き合いになる。細かい年月日を覚えているのは、小学3年生の時に読書感想文に書いたからだ。

 「ふしぎをのせたアリエル号」。日本ではあまり知られていないが、世界各国で出版されている児童文学だ。


 もともと母が、喘息で通院していた僕の付き添いの合間に読むために購入した。
 分厚い見た目とは裏腹に、優しい語り口で語られる物語は、娘を残して海に向かい戻ってこなかった父。
 残された娘は、仕立て屋の父がお守り代わりに作った船長の人形を肌身離さず大事にするが、ある時人形のキャプテンに命が宿り…。
 壮大な物語で、10歳くらいの僕は読むのに1週間ほどかかった。丁度夏休みだった。読んだ後で「今年の読書感想文に書こう」と思い立ち、さらに深く読む日々が続いた。
 夏の暑さと、原稿用紙が扇風機の風でかさかさ鳴る音を、今でも思い出す。

 感想文に書いたからか、それからどこに行くにも持ち歩いた。
 時間が空いた時に読んで、心休まる安心毛布のような本だった。

 けれども、とうとう表紙が剥がれてしまい、壊れないように本棚にしまってからは読む機会がなくなった。

2:『はじめての手製本』を読んで

表の見返しには海図を。



 はじめての手製本という本を読んで、古い文庫本をハードカバーに仕立て直す事ができると知った。


 表紙どころか頁の端まで捲れて、ぼろぼろで危うかった。でも、固いカバー仕立てにすれば、ページを守ってくれるだろう、と挑戦してみることにした。


 表紙・裏表紙は鮮やかな外海の青に布を染め、表の見返しには海図、裏の見返しには作中で鍵を握る宝の地図が入ったボトルを描いた。

 作者リチャード・ケネディさんの要望で、日本語訳には翻訳者の中川千尋さんによる愛らしく繊細な挿絵が散りばめられてある。

 この本の挿絵に憧れて、しばらく極細のボールペンで絵を描いたり真似てみたこともある。(見返しはカラーインクでやり直しがきかないため、何度も練習した。)

 ハンドメイドの製本とはいえ、自分の絵が入るのは恐れ多くもあった。ただ、この本とまた20年読み続けたいと思ったら、読み返すたびに感じていた広い大海原に旅立つようなわくわくする気持ちを絵に表したくなった。
 描いた後は、ずっと背中を見ていた友人の隣に並べたような、面映い気持ちになった。


3:子どものため、大人のための物語

物語の鍵となる、宝の地図が入ったボトルレター。


 人間になったキャプテンは育ててくれた船長から船をもらい、黄金の宝を探すために、仲間と共に海に出る。
 読んでみると決して甘い夢物語でなく、黄金を狙う海賊、むほんの疑い、人形から人間になった苦悩など、苦しみや血なまぐささも相まった、苛烈な冒険ファンタジーだ。だからこそ、この先も読み返したい本でもある。


 子どもの頃は潮風を追いかけるように読んでいたのが、今では登場人物たちのすれ違いに目が向いている。
 みな強い意志を持っていて、誰一人それを曲げずに貫いた。しかしそれ故に言葉足らずだったり、秘密を抱えて、信念を持つが故のすれ違いを生み出した。物語は完全無欠のハッピーエンドでなく、大事なものをいくつも失うほろ苦さも併せ持つ。


 子供の頃は登場人物たちの失敗に「どうして?」と憤ったりもしたけど、僕自身挫折と失敗を何回もなんかいも繰り返した。最善を尽くしたつもりでもどうにもならなかった。やり直しがきかない、二度と戻れない。そんなことをいくつも重ねた時、アリエル号を読み返している。
キャプテン、クラウド航海士、ステテコ航海士、魔女オニババ、ゴールデンマン、水夫…。
それぞれの視点から目の前に起きているできこと、自らができることを読み返すと、さほど多くないことに愕然とする。この物語の誰も、都合のいいヒーローじゃない。ただ、目の前のことに必死に向き合った。
 多くを取りこぼしてしまったけれど(もちろんそれは、もう少し話し合えば解けた誤解もあったと思う)それぞれの登場人物の行動が繋がって、取り戻せたもののある。


 そう思えた時、今の僕の人生の背中を押してくれてると感じた。
 紛れもなく、この先も読み返したい本であり、製本し直せて本当によかった。


4:紙の本は、思い出の為にある

一番好きなアリエル号の断面図と栞。
4本組の栞は、海や波の青と、人形の髪の毛の金色を表した。


 紙の本というのは大事にしても、作者や出版社、製本業の人々にはお金は入ってこない。読み継がれる物語というのは、資本主義とはどうしても釣り合わない部分がある。

 ただ、思い入れが深い本を手製本し直す。その思い出は、電子書籍では得られない。そうした深い思い出を持てることが、紙の本の役割なのかもしれない。

沢山の人に向け刊行されたうちの、
世界に一冊だけの、僕の本。


 ぼろぼろになっても、何度も直して、この本と旅に出る。

この体験を読んでもらい、
「ふしぎをのせたアリエル号」という本を知ってもらえて幸いです。
 ここまで読んでくれて、ありがとうございました。


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