2024年第1クウォーターの読書録
決して(断じて)暇ではなかったのだけど、24冊は悪くないペースであったように思う。理由は定かではないけど、小説を読みたいことが多かったような気がする。簡単に言葉にできてしまうようなことから少し離れてみたいのかも知れない。
良いものが多かった気がするけど、強いていえばMVPは『凱旋』と『皆勤の徒』かなあ。でも町田康作品も素晴らしかった。
(小説等)9作品
突如の町田康ブーム。第1クウォーターの読書がはかどる結果となったのは、よい小説との出会いが多かったからのように思われる。
『汝、星のごとく』(凪良ゆう)
『星を編む』(凪良ゆう)
実は『星を編む』→『汝、星のごとく』の逆順で読んでしまったのだけど、それはそれで良かったような気がする。弱さや寂しさを抱えていない人はいない。不幸や不自由の中で、人と関わりあいながら生きていくという、言葉にすると古典的に感じるテーマではあるが、うまくモダナイズされていて、現代を捉えているように感じた。
★『シャーロック・ホームズの凱旋』(森見登美彦)
数あるホームズものの中でも「そうかなあ」などという間の抜けたセリフを言うホームズはなかなかいない。
ヴィクトリア朝京都で絶賛スランプ中のホームズを巡る冒険。現実とフィクションが曖昧になるファンタジーで、『夜行』と『熱帯』の先にあると感じさせる作品。ホームズという出来上がったキャラクターを崩しながらも、ホームズというキャラクターが背負っている物語の強さが、絶妙に本作をお話として成立させる鍵となったように感じた。これは読むべき。
★『パンク侍、斬られて候』(町田康)
ほとんどハッタリで生きているような超人的剣客である牢人、掛十之進は、「腹ふり党」の脅威を説いて、食い扶持にありつくが…。設定も謎だし、斬新な文体も相俟って、カオスなお話ではあるが、どこかスタイリッシュで、はかなく・・・なんかグッと読ませられる小説。表現の可能性のようなものがパーンと開ける感じが気持ちいい。
『告白』(町田康)
実際にあった事件「河内十人斬り」を題材とした小説。主人公熊太郎は、内面では思索する人間であるが、それを表現する言葉を持たない。必ずしも悪人とも思われないような熊太郎が、転がり落ちていくような姿には、人が悪をなすのはなぜか?という問いと、それにまつわるやるせなさのようなものを感じる。とても良いが、パンク侍に★をつけたので★なし。
『バスカヴィル家の犬 【新訳版】 シャーロック・ホームズ・シリーズ』(アーサー・コナン・ドイル)
ちょいちょい読んでるホームズ。荒地(ムーア)での不気味なお話。これをきっかけにドラマ「シャーロック」を全部見てしまった。とてもよかった。
★『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(長谷敏司)
事故でAI義足を身に着けたダンサーが、ダンス・・・速度と距離のプロトコルでなされるコミュニケーション・・・で、非人間、そして老いて衰え行く偉大なダンサーである父親と向き合うようなお話。良い。
★『皆勤の徒』(酉島伝法)
にゅるにゅるした感じのものとか、カサカサした感じの虫とかに彩られたナゾの世界を描くパンクなハードSF。慣れるまで何言ってるのかわからないかも知れないけど、読むとちゃんと面白い。かなり面白い。独自の造語で彩られる異世界ものに慣れない人は、まず解説を読むほうがいい。
『口訳 古事記』(町田康)
文体研究で読んだ。神話って荒唐無稽なところもあるし、何しろ昔の価値観で作られてるから、そりゃないだろ的なことは多いと思う。それを勢いのある口語訳にするのは、ある意味自然な試みなのかもしれない。一応小説にカウントした。
(他)15作品
結果としては、自分がずっと考え続けていることを補強するようなテーマ選びになってしまったのかなと思わないでもない。
『社内政治力』(芦屋広太)
『「権力」を握る人の法則』(ジェフリー・フェファー)(再)
『社内政治の教科書』(高城幸司)
社内政治とは何ぞやという自由研究。処世術をたしなむのは大事。というか、闇の魔術に対する防衛術的なものかなと。
『ルート66をゆく―アメリカの「保守」をたずねて―』(松尾理也)
米国を横断する「ルート66」沿いには、米国の典型的保守層が済む。シリコンバレーやニューヨークみたいな、有名な地方での出来事が「その国」であるかのように語られるのは、どこも同じ。こういう、土地土地で肌に感じるようなことを、本物ではないにせよバーチャルに体験できるのは、読書の良いところだと思う。
『口の立つやつが勝つってことでいいのか』(頭木弘樹)
簡単には言えないことって、本当に大事だと思うんですよね。
『人生が整うマウンティング大全』(マウンティングポリス)
リアル/バーチャルを問わず、マウンティングを見ないことはない。人間の習性として、よく観察してうまく対処、あわよくばハックしていくのはアリな気がする。
『世界は経営で出来ている』(岩尾俊兵)
本当に「経営でできている」で済ませていいかどうかは置いといて、シンプルな理論で色んな事を話してみるのって、いいかもねという。
★『RITUAL』(ディミトリス・クシガラタス)
合理的なもの、科学的に効果が明らかなものが重視され、古臭いもの、なんでやってるかわからないものの立場は悪い。儀式なんてのもそうかもしれない。でも、ダーウィニズムじゃないけど、なぜそういうものが今でも生き残っているのかは気にしてもいいし、調べてみたら知らなかったことが隠れているかも知れないよね。と思う。
『美学への招待 増補版』(佐々木健一)
久しぶりに復習してみようかなというのと、人に入門書を進めようかなと思って読んだ。アート思考みたいなことを言われたり、アートと触れてみよう、感性のままに、みたいなことを言われたりするかもしれない昨今だけど、「レディメイド」って言われて何のことだかわからないとかは、さすがにしんどいんじゃないかと思う。
『なぜ世界は存在しないのか』(マルクス・ガブリエル)
「意味の場」の理論で存在を考え直す「新しい実在論」の本。何もかも確かではなくなったような現代において、どのように現れるか、というような視点から、実在や現象を捉えなおし、世界は存在しなくても、なに確からしさを取り戻すことからまた歩み始められるような、なんかそういう感じの本。
『ボクの音楽武者修行』(小澤征爾)
2月に亡くなった偉大なマエストロ小澤征爾が若き日に綴った青春時代のエッセイ。スクーターとギターだけで単身渡仏し、頭角を現し帰国するまでのわずか2年半の物語。みずみずしい。
『文学とは何か――現代批評理論への招待(下) (岩波文庫)』(テリー・イーグルトン)
去年からずっと読んでた本。やっと終わった。文学批評の歴史を紹介しているものだが、同時に近代の思想史をザっと眺めるものでもある。読むのに骨が折れるが、わりといい本ではないかと思う。
『村上朝日堂』(村上春樹/安西大丸)
村上春樹が1982年から1984年にかけて『日刊アルバイトニュース』に連載したコラム。文章の参考に読んだ。何気ない風景の描きかたとかは上手いなと。
★『私とは何か「個人」から「文人」へ』(平野啓一郎)
小説家、平野啓一郎の描く、現代的な人間観。多元的自己、複数アイデンティティへの目配りは、価値観が多元化する現代社会に対応し、自分を考えていくために必要な概念ではないかと思う。
『人間集団における 人望の研究』(山本七平)
『「空気」の研究』で有名な山本七平の著書。とらえがたいが、あると助かるに違いない「人望」について、古典的な「徳」のような価値観から論じるもの。異文化圏との対比があり、「人望」のようなものがわりと普遍的にあることが紹介される。人間が巨大な社会を営むために、蓄えてきた知恵のようなものが古典にはあるように感じる。
以上、もうちょっと次の節目の年までに古典をちゃんと読んでおきたい。