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君が夏を走らせる「瀬尾まいこ」

瀬尾まい子さん。

本好きの方なら知らない人はいないかな。

私は初めて読みました。

フラッと立ち寄った本屋さんの古本コーナーで見つけたのがきっかけで。

パラパラとめっくた最初の4・5行で心をつかまれてしまった本です。

主人公は高校生。

ろくに高校も行かず、かといって夢中になれるものもなく日々をやり過ごしていた金髪ピアスの高校生「太田くん」が、1歳10か月の女の子「鈴香」の子守りのバイトを引き受ける所から物語は始まります。

太田君に子守りのバイトを頼んだのは3歳年上の中武先輩。

中武先輩は高校を1年で中退し、今は建築資材を扱う会社で働いてる鈴香のお父さん。

中武先輩の奥さんのお腹には2人目になる赤ちゃんがいるのだけど、急遽切迫早産で1か月間入院する事が決まり、鈴香の面倒をみてくれる人を探し、声をかけたのが太田君だった。

保育園や託児所は急すぎて見つからず、中武先輩は親と不仲で、奥さんは親とは絶縁状態で頼めるのは太田君しかいないと2人は必死に訴える。

懇願されても子育ての経験もなく、しかも金色の髪に耳に2つも穴があいただらしない姿の自分に子供を頼むなんてどうかしてる・・・とさんざん断るのだが

「太田くんなら大丈夫」

と奥さんからの言葉、中武先輩からの必死なお願いに中学校の時の教師が言っていた言葉を思い出す。

「失敗が大事ってよく言うけど、判断を間違っちゃいけない時もある」

今すべき正しい判断が何なのかわからない。でも、ここで俺が出せる答えは1つしかない・・・と腹を決めた太田は、鈴香を預かる決心をする。

その日から太田君と鈴香の愛おしくて少し切ない夏が始まる。

1歳10か月の子供って・・・。

子育て経験者の私からしても、それはそれは大変な時期だった記憶があります。

自分一人ではできない事だらけなのに自我の芽生えなのかなんでも自分でやりたがる。

家族と他人の区別もしっかりついているから、母親以外はダメなんてのはザラで、誰かに預ける事すらできなくて四六時中一緒にいる。

好奇心も旺盛だし、食べ物の好みも出だして食事も一苦労。

食べない、遊ぶ、食べながら寝る・・・なんてのは日常茶飯事だった。

物語に出てくる”鈴香”も勿論そうで、自由奔放で、感情の赴くままに言葉を発し、行動する。

たどたどしくてもちゃんとした”日本語”を話してくれたら伝えたい事も理解できるのだが、なんせ1歳10か月。

リンゴはゴ、バナナはバ。

まーすはいただきますでごにょにょったはごちそうさまでしたになる。

母親なら理解できるであろうその言葉も、子育て未経験の高校生「太田くん」では到底理解できない。

そして語彙力のない鈴香には”その他色々”を表す「ぶんぶー」という言葉があって、更に太田君の頭を悩ませる。

一方鈴香も混乱している。

大好きなお父さん、お母さんが突然自分の前から姿を消し、代わりに現れたのは見知らぬ男の人。

寂しさや不安は涙となって溢れ、力が尽きるまで泣き叫ぶ。

そんな鈴香の様子に疲労困憊する太田。

けれど大人の事情で突然作られたこの状況を、まだ2歳前の鈴香に理解しろという方が無謀だし、小さくて柔らかなその体から溢れる寂しい思いを見ていたら心が動かないわけもなく、少しずつ鈴香のいる世界に足を踏み入れていく。

子育ては勿論、親になった経験もない太田だが、体中を使ってちょこまか動く姿や何を言ってるかわからない片言の言葉で必死に伝えてくる様子は子供に興味がない人でも可愛いとしか思えないようにできていて、太田も例外ではなかった。

鈴香の喜ぶ顔が見たくて料理をする。鈴香の笑う顔が見たくて絵本を読む。鈴香の嬉しそうな顔が見たくて「おいで」と言う。

気づけば鈴香中心の生活になっていて、きっと自分の親もこんな愛おしい気持ちで自分を育ててくれていたんだろうと気づく。

物語が進むにつれて太田と鈴香の絆はどんどん深くなっていくし、太田にとって鈴香がかけがえのない存在になっていくけれど、刻刻と近づく別れの時。

タイムリミットはもうすぐ。

2人の成長と絆をしっかり感じられた状態で迎える最後は切ないけれど、読後感はとってもいい本でした!

瀬尾まい子さんの本はこの他に2冊読んだのですが、共通して言えるのが読後感がいい・・という事です。

あったかい気持ちになる。

物語がすっごいドラマチックだったり(主人公が不治の病になるとか)、登場人物が特殊だったり(過去に殺人をおかしてるとか)とかそうゆうのはないんです。

自分の日常にもおきそうな出来事だったり、自分の身近にいそうな人がでてくる。

すっごくいじわるな人とかすっごくいい人とかじゃなくて、根は良いやつ・・・みたいな人が多いというか。

クセもあるし、辛い思い出の過去もあるし、結構ヘビーな事を抱えてる人もいるのだけど、根は優しいんです。

それって、すっごい日常だなって思って。

人ってたいていは良い人で、相性で好き嫌いはあるけど、根がいじわるな人ってそんなにいないんじゃないかと。

誰にも言いたくないような過去の1つや2つ誰にだってあると思うし、過ちだって犯すし、心がトゲトゲしてて人に優しくなれない時だってある。

綺麗な真ん丸のままの心の人なんていないだろうし、きっとみんなどこかいびつな形をしてるはずだ。

でも根っこでは、人に優しくありたいとか、大らかになりたいとか、明るくいたいとか、理想の自分を追い求めつつ、他人にも優しくなれているんじゃないかと思う。

”完璧ではないけど温かい人”みたいな人達が瀬尾まい子さんの作品には出てくるような気がして、なんか元気がでる。

特別じゃなくて平凡でも、綺麗じゃなくて少し欠けていたとしても、日常は愛で溢れていて、それに気付き掴み取れるチャンスはきっと全ての人平等にある・・と思わせてくれる様な作風です。

すっかり瀬尾まい子さんの世界観に魅せられてしまった私は、その後作品を5冊も購入してしまった。

忙しい毎日なのだが、しばらくは心が穏やかで温かくいれそうだ。


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