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きんの砂〜1.昔ノ場所(1)

 古い商店街には、2人の他に人影はなかった。

 底辺に差した鍵を回し、柔らかな黄金色の光を放つ南京錠を外すと、中山亞伽砂(なかやま あがさ)はもはや茶色く変色し剥げかけた赤い木戸を向こう側へと押し開けた。

 そこは隣の建物との間の細い道。昼間さえ日も入らず暗い小道だが、光が消えた夜はさらに暗く、足元さえおぼつかない。

 肩掛けのトートバッグから懐中電灯を取り出し点ける。

 「そんなの持って歩いてんの」

 傍で妹のやることを見守っていた姉の花穂が目を丸くして思わず声を上げた。

 「今日だけ。電気とか、点かなかったら困るから」

 入り口兼勝手口までの短いアプローチ。飛び石の上で揺れるスポットライトの奥に青い壁が見えた。小さな倉庫だ。右側に手を動かすと、入り口兼勝手口の白っぽいアルミのドアが浮かび上がる。

 「持ってて」

 姉に懐中電灯を託すと、先ほど木戸を開けた鍵がついた束の中から見合いそうなものを探す。つやつやの根付けと幾つもの鍵がまとめられたこの束を受け取ったのは、交通事故で重体になった祖父が息を引き取る二日前。見舞いに訪れた亞伽砂をベッドの横に呼びつけ、枕の下から取り出した小袋をその手に押し付けた。搬送される救急車の中でも頑固に手放さず、治療に当たる医師や看護師を困らせたと聞いている。

 その鍵を手にしてからこうして祖父の残した店を訪れるまで、随分と時間がかかってしまった。

 鍵を開け把手を握ると、慎重にドアを開けた。

 驚かすものなど何もないと分かっているのに。


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