きんの砂〜1.昔ノ場所(6)
祖父の『商売』。
それはいったい何だったのだろうか。
店の出入り口の引き戸は完全に閉まっておらず、表側に降ろされたシャッターに設けられた郵便用のスリットから床に郵便物が溢れ出ていた。公共料金の知らせなどもあるだろうからと台所で見つけた紙袋に入れて持ってきたが、放置されていたにしても量が妙に多いと。必要な通知書と通販やセールスのチラシを除いて残ったものは全て手紙だった。葉書も数葉あったがほぼ封筒で差出人もばらばらならば、知っている名前もひとつもない。祖父はこの差出人達とどこで繋がったのだろうか。
もしかしして、あのパソコン。古い店内に不似合いな、異様な姿が脳裏をよぎる。あの黒い箱で何をしていたのだろうか。不思議なのはパソコンの存在だけではない。平台に置かれた一部を除き、本棚の商品の大半に値札が見当たらなかった。古書店には行ったことがないが、定価の何割かで売るのが普通なのだろうか。
もっとよく店を見てみよう。
翌日の土曜日、亞伽砂は1人で店を訪れた。出入り口の木の引き戸を大きく開け、シャッターを上に引き上げる。間口二軒分のシャッターは重くて一度では上がり切らなかった。帰るときは閉めないでおこう。
「ふう」息を吐いて入口を全開にする。カーテンも開けると冬の冷えた空気がふわりと入り、開けたままのカウンターと台所の仕切りを抜けて行く。風はそのまま、やはり空気の入れ替えのために開けてある台所のドアから出て行くだろう。暗く淀んだ店の空気が払拭され、光と風に洗われていくようだ。
そのままゆっくりと本棚を見て回る。もともと本はあまり読む方ではないが、並ぶ背表紙にあるのは知らない作家名ばかりだ。
なんだろうか。
本棚に触れていた指が、ふと止まる。
そこから先の本は全部、茶色い紙に包まれている。中身がどんな本であるかは、背表紙に書かれた祖父の字で記されたタイトルで知るしかない。題名にも作家にも共通性はなく、同じ題名、作家名の本もいくつかある。ちょうど外側に小さなショーウインドウがあり、そのすぐ内側にあるせいで陽が当たらないような場所だ。天井には蛍光管もない。そんな暗い場所の書架の上から下まで、茶色い紙に包まれた本達が集められている。どんな理由があるのだろうか。
カウンターの前に移動すると、亞伽砂は外を向いて目を細めた。弱い冬の日差しが来たときよりも少しだけ内側に伸びてくる。店内では3階の屋上の灯りとりから落ちる光と蛍光管の光の交差する場所で、空気の中の塵が動く様が帯のように照らされる。
誰もいない店内に、祖父の姿が浮かび上がる。
きらきらと小さな光が瞬くそれは、まるで雪のように降り注ぐ。黄金色のーー。
「亞伽砂!」
不意に名前を呼ばれ、彼女はハッとした。
さっきまで中央の書架の前に立っていた祖父の像は、一瞬にして消え去ってしまった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?