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わかおの日記148

永遠と紛うほどの暇に身もだえしていたところに友人から誘われたので二つ返事で新宿まで赴いた。高校時代少し贅沢をするときに行っていたラーメン屋で昼食を済ませ、あのころほどの感動を抱かなくなったことに少し切なくなった。

ラーメンを愛するがゆえに舌が肥え、以前美味しかったラーメンは美味しくなくなってしまう。嗚呼、なんというジレンマだろうか!

その後渋谷に場所を変え、服が欲しかったので古着屋を見ようとした。もちろんぼくみたいな母親のお仕着せ人間がそんな場所に行ったことがあるわけはなく、友人と一緒にいるからこその選択だった。

さりげなく友人を先行させて雑居ビルの階段を上り、暖簾をくぐると(ぼくには暖簾にしか見えなかったが、もしかしたら別の名称があるのかもしれない)、そこはお洒落な服が所狭しと並べられた六畳くらいの空間だった。黄みがかった照明が、ウッディな家具でそろえられた店内を明るく照らしていた。

これは完全に間違えた。もうだめだ、帰りたい。

すかさずイケメンの店員から、「何かお探しですか?」と話しかけられた。六畳の空間にぼくと友人と店員の三人だけという状況において、確かに話しかけない方が不自然である。

「あ、えーっと、スタジャンが欲しくて……」ぼくは精いっぱいの勇気を振り絞って答えたが、その時点で店内にスタジャンがないことは薄々感づいていた。

「スタジャンはもうこの時期ないですね(笑)」爽やかな笑みに、小さじ一杯分の困惑が混ざったような表情で店員は言った。

スタジャンはもうないんだって。よく考えたらこれからあったかくなるもんね。そりゃそうだよね。

そう言われるとこちらの手札はなくなってしまう。入店する前はあれほど頼もしかった友人も、このお洒落空間において発すべき言葉を見つけられずにたじろいでいるばかりだった。

そんなぼくたちの様子を察した店員が、間を持たせるために「うちはヨーロッパやアメリカの古着を揃えてて……」と説明を始めた。ぼくは「へえ……」と蚊の飛ぶような声で相槌を打つことしかできなかった。店の隅に並んだチェックシャツを見て、「欧米人もチェックシャツを着るんだなあ……」と思った。そりゃ着るだろ。

もうこれ以上この場にはいられない。決心を固めたぼくは、「いろいろ探してみますね、ありがとうございます」と少し大きな声で言って、逃げるようにその場を後にした。

もう古着屋には行かないと思った。



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