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【so.】三条 宗雄[始業前]

 昨年の学期末の事件について、個別面談の結果を早く提出するよう校長から言い含められ職員朝礼を終えた。1月12日火曜日。快晴。昨晩からの放射冷却の影響か、空気が凍ったように寒い。駐車場の側溝には霜が降りていた。地域によっては雪も降っているらしい。
 いまは3階の地理準備室でこの日誌を書いている。日誌に何もここまで事細かに書かなくても良いとは思うが、天気の詳細や思考なども書き留めておかないと、日々の些事の奔流に流されて埋もれてしまう。

 時計を見れば8時33分となっている。朝のホームルームに行く時間だ。俺は日誌を閉じて出席簿を取ると、地理準備室の鍵をかけて廊下へと出た。教室へと駆ける生徒の足音が聞こえてくる。南階段を降りて2階の廊下の突き当りが、俺の受け持つ2年A組の教室となっている。A組とはいうものの1学年に1クラスしかないため、B組は存在しない。我がクラスの生徒数は30名にも満たない。少なく思うが、ひとつのクラスとして集まると、そう少なくも感じない。むしろ生徒ひとりひとりに目が行き届いて良いのではないか、少なくとも先月まではそう思っていた。

「起立!」

 教室のドアを開けると、クラス委員の堀川が号令をかけ、クラス全員が立ち上がった。

「礼!」

 制服姿の少女達が一斉に礼をする。それに合わせて俺も礼をする。

「着席!」

 ガタガタと椅子を引く音が響き渡り、俺は名簿を開いてボールペンのキャップを外した。

青江つぐみ」「ハイ」

和泉美兼」「はい」

井上 真」「はい」

伊村正乃」「はい」

埋田寿惠」「はい」

岡崎正恵」「はいっ」

川部 心」「はい」

栗原信子」「はい」

佐伯則佳」「はい」

 俺は一呼吸するとまた点呼の続きを始めた。

新藤五月」「はいっ!」

神保昌世」「はい」

荘司直音」「はい」

曽根興華」「はい」

平 安代」「はーい」

田口吉美」「はい」

橘 ひろ子」「はい」

月山 綾」「はい」

津田満瑠香」「はい」

中島来未恵」「はい」

野田繁美」「はい」

橋本忠代」「はい」

福岡則子」「はい」

細田直己」「はい」

堀川国子」「はい」

山浦 環」「はい」

大和栞蔓」「はい」

 毎日の儀式の点呼。3学期が始まってすぐの連休明け、だるさが満ち満ちているのを感じるが、欠席者はいないようだ。ざっとクラスを見回せばあどけなさの残る少女達が座っているけれど、一人一人が明確な考えを持っている。未だにそんな物が現役なのかと驚いたくらいなのだが、学校裏サイトという所にこの学年のスレッドがあって、書き込みを交わしている者だって何人かいるらしい。それが誰かは分からないが。俺は右手のスマートフォンのロックを解除し、開いていたスレッドの書き込みを表示させてみた。

「面談なに聞かれた?」

「なんで面談なんてやんの?」

「終業式のアレでしょ」

「アレってなに?」

「しらばっくれたって無駄なんだよ。全部わかってんだからな。覚悟しとけよ」

 刺々しい匿名の書き込みが、このクラスの闇を覗き込んだようで気が重くなってくる。掲示板に書かれた「アレ」の件で個別面談を進めているのだが、あと二人だけ残っているのだ。

「山浦はこの後、地理準備室に来るように」

 窓の外をぼんやり眺めていた長髪の少女が、だるそうにこちらへと顔を向けた。返事はない。山浦は問題児とまではいかないが、何かと反抗的な態度を取ってくる。一人前気取りの未成年に大人として接してやらなくてはいけない面倒臭さは、この職に就いてみないと分からない。女子高の教師だなんて羨ましい限りだと友人は事あるごとに言うけれど。

「山浦の後、大和もな」

「はい」

 対照的に幼さの残る少女の返事を聞くと、俺は朝礼を終えて教室を出た。山浦か…考えながら廊下を歩く。俺は思わず呟いていた。

「面倒くせえなあ」

次の時間


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