見出し画像

【so.】中島 来未恵[始業前]

 強い風が耳元でびゅうと言った。ソフトボール部の朝練のグラウンドには僅か5人。3年生が引退して、2年生は私とさっちんだけ。1年生は3人だから、なんとしても新入生を4人は入部させないと大会にも出られない。こんな少人数の女子校で人数の必要なスポーツをやること自体に無理があると思うんだよなあ。去年のこの時期も同じようなことを思った覚えがあるけれど、いまの1年生3人をなんとか捕まえて大会に出られたから、4月からもなんとかなるんじゃないかと思っている。でも、4人はなかなか大変だ。バスケ部との取り合いにもなるしね。

「行くよー!」

 セカンドとショートの2人に声をかけ、キャッチャーのさっちんが構える。バッターは1年の小林。それで外野に顧問の石堂先生が控えている。3年生が引退してからずっとこのポジションで、バッターを入れ替わりしながら何とか練習をやっている。

 右へ左へ打ち分けながら、セカンドとショートで捕球してはホームへ返す。

「遅い! もっと走ぇォラー」

 絶え間なく石堂の檄が飛んで来る。それでも新入生が辞めづらくなる5月くらいまでは本性を出さない辺り、石堂はしたたかだなとも思う。

「次カーブ!」

 バッターに向かって叫びながら、グラウンド脇をタグっちゃんのりん和泉が歩いていくのが見えた。もうそんな時間なのか。

「とっとと投げろォラー!」

 やばいやばい。慌てて投げたらストレートで、小林はタイミングが合わずに空振りした。

「カーブじゃねぇのかォラー!」

 石堂はまた嫁さんと喧嘩でもしたんじゃないんだろうか。後でさっちんに言ってみようっと。

「セカン!」

 小林の打った球をセカンドがエラーして、外野の石堂がまた何か叫んでいる。今日はだいぶ寒いけれど、動いていたらそんなこと気にならないくらいに温まってきた。

「寒ぃからってタルんでんじゃねーのかォイィ!」

 グラウンド脇で石堂の喝が延々と続いていたら、予鈴が鳴り始めた。ホームルームに遅れるパターンじゃないかこれ。

「放課後までに気合い入れ直して来い! はい解散!」

「ありがとうございました!」

 5人で一斉に部室までダッシュを始めた。着替えて荷物持って…ホームルームに間に合うかギリギリだな。全力で部室へ駆け込むと、ユニフォームを脱ぎ散らして制服に袖を通し、ボタンを留めながら廊下を疾走する。

「石堂さ! 絶対奥さんと喧嘩したよね!」

 さっちんは、ぶははと笑った。

「それでか! ウケる!」

 保健室の前を駆け抜けて階段に差し掛かった。

「わたしさあ! 腹減ったわ」

「もうかよ! 早いよ!」

「今日ハセベのパンの日っしょ? 何買うか考えといた方がいいぞー」

「早すぎだよ!」

 階段を駆け上がって教室へ。三条先生はまだいなかった。

「間に合ったー!」

 はぁはぁ言いながら席へ座ると、すぐに三条先生が入ってきた。息を整えながら自分の名前に返事をして、しばらく脱力していた。

「山浦はこの後、地理準備室に来るように」

 三条先生が私の後ろへ呼びかけるも、山浦は返事をしない。

「山浦の後、大和もな」

「はい」

 ああそうか、まだ面談続いてたんだ。

次の時間


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?