【so.】田口 吉美[始業前]
ワタシが乗っている路面電車の隣の車両に、同じクラスの曽根が乗っていることに気がついた。けれど別に話すような仲じゃない。中学でなんか問題を起こしたとかって噂はあったけど、別に悪さをするでもなく、クラスのおとなしいヤツらとつるんでいる。
1月半ばの、まだ正月気分の抜け切らない気だるさが嫌。週末にはテレビでスペシャル番組をやったりするから、尚更お正月気分は抜けていかないんだ。
こうやってひとりで登校するのにはまだ慣れない。同じクラスで幼なじみのサトミと、毎日のように一緒に路面電車に乗っていたんだから。年末の終業式の朝にスマホアプリのFILOに「用があるから先行くね」ってサトミからのメッセージが入ってるのに気がついて、その日からワタシはひとりで路面電車に乗っている。終業式の日は、普通に学校に行ったら、クラスでサトミが首を吊って死んでいた。それが用だったんだろうかって、ずっと考え続けているんだけれど分からない。ワタシはバカだから、世の中のことは頭のいい人だったら何でも、考えれば答えが分かるもんだと思っていた。けれどサトミが何故そんな選択をしたのか、それはきっと分からないんじゃないかと思っている。
どうしたって考えてしまうことだけれど答えは出ないし、ワタシのポリシーとして、頭を悩ませることはなるべく考えないでおこうと決めている。気持ちが沈んでいくばかりだし、だったらなるべく楽しいことを考えていた方が落ち込まなくて済むんだ。
「橘女子学院前。橘女子学院前。お出口は右側です」
電停について路面電車を降りて、道を渡るともう学校の敷地だ。お堀にかかる橋を渡りながら、終業式の前日に学校をバックレて、大学生の彼とデートしたことを思い返した。最近はこのことばかり考えるようにしている。遊園地に行って、その後は服を買ってもらって、美味しいイタリアンをご馳走してもらって、綺麗なホテルへ行ったこと。そのどれもが思い出箱の一番上で、宝石みたいにキラキラしていて、ひとつひとつに磨きをかけるように思い返してはウットリするのを楽しむんだ。
ワタシの素敵な物語をいつも熱心に聞いてくれたのはサトミだったから、誰かに話したいと思う度に突然、喪失感が崖みたいに目の前に姿を表して、そこへ落ちないように慌てて気持ちを落ち着けるんだ。
教室に入って筆記用具を机に入れて、残りをロッカーへ入れようと廊下へ出た。和泉がやって来て「おはよ」って声だけ交わす。珍しくのりんと一緒じゃないのかなと思いながらロッカーの中身を整理していたら、マスクをしたのりんが教室へ入っていった。風邪でも引いたのか、うつされたら面倒だなと思いながら教室へ戻った。
のりんは自分の席に座って、コートを膝にかけてマフラーは首に巻いたまま、縮こまっていた。ワタシは自分の席へ戻りながら、のりんの横を通り過ぎるときに「おおげさ」と言った。
つい思ったことは口にしてしまう。でも別に間違ったことは言ってないつもりだ。ワタシが自分の席に座ると、ジョーが教室に入ってきてホームルームが始まった。連休明けでやる気の出ない朝の感じ。今日は授業バックレちまおうかなあと思った。
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