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【so.】栗原 信子[始業前]

 幼馴染のたまきが明日からイタリアへ留学してしまう。それなのに何もしてあげられることが見当たらない。一応わたしは写真部なんだし、思い出の写真のひとつでも渡してあげられたら良いんだけれど、普段カメラを持ち歩かないからそんなストックがない。日頃から首元に一眼レフを下げている部長の岡崎さんの姿勢には、ただただ感心する。
 それでも写真部の活動では、たまに課題で写真を提出させられるから、わたしが撮った写真でたまきにあげられそうな物が部室のパソコンに残ってないかなと思って、出来るだけ早く部室にやって来たのだ。当然誰もいないから、幽霊部員気味のわたしでも、じっくりとパソコンから写真を探すことが出来る。
 パソコンの電源を入れると、操作が出来るようになるまで、わたしは部室の中を見まわしてみた。今年初めて部室に入ったけれど、ドア脇の壁に貼ってある部員ごとの自信作は、岡崎さんの以外は変わっていない。わたしが去年の夏、砂浜で撮った風景写真もそのままだった。
 パソコンが立ち上がったので、写真がまとめられているフォルダのアイコンをクリックした。開いたウィンドウには、日付で分けられたフォルダが、ほぼ毎日作られている。その中身はほとんど、岡崎さんが一日の中で撮った風景やスナップ写真だ。風景は余り好きじゃないのか、それほど枚数はない。クラスメイトや先生の自然な仕草や表情の写真が、その大半を占めている。
 2学期の終業式の前日で、去年のフォルダは終わっていた。何気なく開いたら、郷さんの机が写っていた。次の日の朝に、教室の天井にあるスクリーンを吊るフックから首を括った姿で発見された郷さん。わたしはこの人のことをよくは知らない。たまきの親友だったから、たまきは物凄く悲しんでいた。田口さんたち頂点グループの人たちとも仲が良かったから、いじめみたいなものがあったんだろうかと邪推しているんだけど、その真相は謎のままだ。それだけが心残りだとたまきは何度も言っている。
 写真を次へ次へと送っていく。みんなが着替えているから、体育の前か。ホイールを回すとすぐに次の写真に切り替わる。撮っている岡崎さんが何を言われているのか分かるくらいに、みんながカメラに向かって自然な表情で収まっている。ひとりまたひとりと教室を出て行って、着替え終わった神保さんが何かをカメラに向かって喋っている写真でわたしは手を止めた。

「早く着替えないと遅れるよ」

 と言われているみたいに、とても臨場感のあるいい写真だなと思った。後ろの方に、制服を畳んで置いている様子の細田さんも写っている。

「あれっ開いてる」

 不意に岡崎さんの声がして、部室のドアが開かれた。わたしはびっくりして振り返った。何も言わないのも変だから、とにかく挨拶をした。

「岡崎さん、おはよう」

「おはよう」

 驚いたままの岡崎さん。きっとパソコンに、いま撮ってきた写真を保存したいのだろうと思ったから、わたしはカバンを掴んで部室を出た。自分の写真だったならまだしも岡崎さんの写真を見ていた所だったから、覗き見が見つかったような恥ずかしさで一杯で、すぐに逃げたくなったのだ。
 とりあえずトイレへ駆け込んで、個室の鍵をかけた。さすがに感じ悪かったかなと反省したけれど、遅いよね。なんだかギクシャクしてしまうのは、わたしが心を開かないからなんだと思っている。それが出来ればこんな惨めな思いはしないのに。

 結局、たまきにあげる写真を選ぶことは出来なかった。残念だ。わたしは個室を出て、教室へと向かう。それにしても、岡崎さんの写真は妙に心に残る写真だった。構図のせいなのか、被写体のせいなのか。不思議だな。

次の時間


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