【so.】佐伯 則佳[始業前]
バッシュが床を踏みしめる音と、部長のよく通る声。朝練。全校生徒の少ない上に、3年生は引退している1月のバスケットボール部は、10人にも満たない人数で体育館内のトラックを走っている。
「はいあと3周!」
じわりとペースが上がって、それについていこうとペースを上げなくてはいけないから足がもつれそうになってくる。さらに1周走って部長は声を上げる。
「はいラスト1周!」
ついに全力疾走でラスト1周を走り切った。さすがに息が上がったからうなだれていると、部長がみんなの前に出て言った。
「じゃあ放課後またやろう。お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
息を整えながら片付けをして部室へ戻る途中、マルちゃんが不思議な話を始めた。
「1年のウワサ話って聞いた?」
私が首を振ったら、それを見た部長がマルちゃんに尋ねた。
「どんな話?」
「幽霊を見たとかって」
ちょっと険しい表情になった部長は、ゆっくりと喋った。
「…どこで?」
「えーっと、お城? お堀かな? あたしもよく知らないんだ…」
その答えに部長の表情からは緊張が抜け、明るくこう言った。
「そう。私も何も聞いてないよ」
「私も」
そう答えた私は、さっきのランニング中にマルちゃんと1年生の三上が話していたのを思い出した。
「誰なら知ってるかな? 聞いてみようか?」
「いい、いい。ウワサだし。やめとこ」
マルちゃんはあまり話を広げようとしなかった。私たちが部室に入ると、1年生ははしゃぎながら着替えていた。私は気にせずに制服へと着替えた。
「お疲れ様でーす!」
1年生が出て行って、私たちも部室を出た。
「若いよね、ふふ」
部長はドアに鍵をかけながら、笑って言った。
「1年しか違わないじゃーん」
マルちゃんが笑うと、部長はしみじみと言った。
「やー、なんか可愛いなって思ってさ。私、去年あんなだったかなあ?」
可愛い? 私には1年生がなんだか生意気で騒がしい存在としか思えず、ずっと苦手意識を持っていただけに、部長の言葉は新鮮で興味深かった。
「部長は妹いないんだっけ?」
マルちゃんがこう尋ねる。私は知っている。部長には3つ上のお兄さんがひとりいて、仲が良いらしいけれど、一人暮らしをしているからあまり会えないらしいことを。
「私は、お兄ちゃんがひとりだけ」
「そっか、あたしは2つ下だけど妹がいるから、ムカつくこともあって、可愛いとは思わないのよねー」
マルちゃんの発言を聞きながら、私はひとりっ子だから、どう接していいのか分からないって理由で、やっぱり年下は苦手だなと思った。そういう所が部長は違うのだろうか、気になったから聞いてみた。
「部長は妹がいないから、1年生が妹みたいに思えるのかな?」
「うーん、どうだろうね。女兄弟が欲しかったのかもねー」
そうなんだ。だから後輩にも優しくできるのかもしれない。部長の知らなかった一面や考えを知ると、見てはいけない物を見たような、恥ずかしいような、でも嬉しさを感じる。この何とも言えない不思議な感情をいつも持て余しているのだ。
「プリンとか食われちゃうよー」
マルちゃんが熱心に妹の悪行を語るのを聞いていたら、教室に着いていた。私は自分の席について、時間割を眺めた。次は現代文。黒板に書かれていた今日の日付、1月12日を見て、出席番号12番の部長は色々当てられるかもしれない、可哀想だなと思った。遠く、窓際の席に座っている部長の姿勢は良く、凛として見える。
次の時間
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