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so.

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「so.(エスオー)」は、女子高のとあるクラスの一日の間に起こる出来事を、様々な時間、それぞれの視点から綴る群像劇です。
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2016年4月の記事一覧

【so.】荘司 直音[3時間目]

【so.】荘司 直音[3時間目]

「今日の体育は小ホールで卓球だそうですー!」

 委員長の堀川氏の連絡事項を生物室から戻ってきた所で聞いた。次は外でサッカーか何かをさせられると思っていただけに暖かい室内で行えることのみ有難い。しかし卓球では結局わたしの苦手な球技ではないか。手早く着替えて廊下で川部氏に話しかけた。

「体育というのは、我々のような知的生命体には不要な教科だとは思わぬか、川部氏」

「私、卓球は得意なのですよ」

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【so.】荘司 直音[4時間目]

【so.】荘司 直音[4時間目]

「川部氏、驚嘆いたしましたぞ」

 小ホールから教室へ戻りながら川部氏と並んで歩いている。卓球トーナメントで一躍時の人となったはずの川部氏はしかし極めて冷静であった。

「たぶんさっきのが私の学生生活のピークになると思います」

「そのようなことはありますまい」

「だといいですが…」

 しかしそれ以上川部氏を鼓舞する言葉は見つからずじまいだった。教室へ戻り制服へ着替えると音楽室へ行かなければい

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【so.】中島 来未恵[始業前]

【so.】中島 来未恵[始業前]

 強い風が耳元でびゅうと言った。ソフトボール部の朝練のグラウンドには僅か5人。3年生が引退して、2年生は私とさっちんだけ。1年生は3人だから、なんとしても新入生を4人は入部させないと大会にも出られない。こんな少人数の女子校で人数の必要なスポーツをやること自体に無理があると思うんだよなあ。去年のこの時期も同じようなことを思った覚えがあるけれど、いまの1年生3人をなんとか捕まえて大会に出られたから、4

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【so.】中島 来未恵[1時間目]

【so.】中島 来未恵[1時間目]

 ホームルームが終わって後ろの山浦は出て行った。そして逸見先生が入ってくるなり、大きな声であいさつをする。1時間目は現代文。とりあえず教科書は開いてみたけれど、私はスポーツバッグの中から、ヤニーズアイドルの情報がいっぱい載った雑誌Jomyoを取り出した。登校途中にコンビニで買って、これを読みふけるのを楽しみに朝練を乗り切ったんだ。

「パン!」

 なんだか難しい漢字の読みを当てられたらしいさっち

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【so.】中島 来未恵[2時間目]

【so.】中島 来未恵[2時間目]

「終業式のアレって、パン屋のことでしょ! 終業式なのに間違えてパン屋が来ちゃって、廃棄にするのも勿体無いからってことで、無料でパンをもらった奴がいるらしい!! それがタグっちゃんだったってこと!?」

 そういえば冬休み中、ずっとこの事に怒りを表明していたさっちん。まだ根に持っていたとはなあ。

「お前はパンのことばっかだな!」

 すかさずさっちんにツッコミを入れると、ナオは一歩踏み込んできた。

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【so.】中島 来未恵[3時間目]

【so.】中島 来未恵[3時間目]

 体育は寒いからとかいう理由で、小ホールで卓球。石堂は部活の時は罵声を浴びせまくるくせに、授業の時は女子受け狙っているのか甘いと思う。卓球はトーナメントをやる事になって、くじ引きを行った結果シードになったから、1試合目は同じくシードになったつだまると立ち話をしていた。

「卓球、得意?」

「分かんないけど、球技ならそこそこやれると思う」

 私はラケットを振りながらそう言った。

「誰と当たりそ

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【so.】岡崎 正恵[始業前]

【so.】岡崎 正恵[始業前]

 ファインダー越しに鹿の顔を切り取る。鹿は何度見てもどんな角度から見ても飽きない。厳寒の橘公園の空気は透き通っていて、放し飼いの鹿の瞳まで透き通って見える。海に迫り出した砂浜に立つ鹿。公園の柵をまたぐ鹿。発情して気が立っている鹿。毎日毎朝早くにやって来て鹿の写真を撮るのを日課にしていたら、一頭一頭の区別がつくようになってしまった。

「あーお腹すいた」

 駅前のマクガフィンズ・ハンバーガー、通称

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【so.】岡崎 正恵[1時間目]

【so.】岡崎 正恵[1時間目]

「おはよう!」

 身構えていたからびっくりしなかったけど、現代文の逸見先生はいつも大声を出すから好きじゃない。そしていつものように黒板を破壊するような筆圧で文字を書き殴り始めた。

「新藤、これなんて読むか分かるか?」

 黒板には、木偏のなにか難しい字が書かれている。

「どう…もう?」

「お前の好きな食べ物系の言葉だ」

「パン!」

 私の後ろから威勢のいい声が聞こえてきた。私はカレーか

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【so.】岡崎 正恵[2時間目]

【so.】岡崎 正恵[2時間目]

 階段を上りきって廊下を歩いていたら、窓の外、空の色がどこまでも透き通った青色で美しかったから、足を止めてシャッターを切った。

「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」

 実験の時間はよく分からないから、いつも川部さんと栗原に任せてしまう。その様子を隣のサエさんは眺めている。私はさっき撮った写真をプレビューしてみた。雲一つない冬の空のスカッとした青色と、公園の緑色で海の青黒い色を挟

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【so.】岡崎 正恵[3時間目]

【so.】岡崎 正恵[3時間目]

 部室でジャージに着替えながら、パソコンのスクリーンセーバーを解除した。先月の終業式前日に私の撮った写真が表示された。

「それ、いつの写真?」

 たまきちゃんと何か話して遅れてきたアヤリンが、制服を脱ぎながら尋ねた。

「これさ、朝、栗原が開いて見てた私の写真」

「栗原…?」

「なんでかなあ?」

「いやあ、分からない」

「そうだよね」

「どんな写真?」

 アヤリンは画面を覗き込んで

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【so.】堀川 国子[始業前]

【so.】堀川 国子[始業前]

 商店街で営業している、母の知り合いの皮膚科がある。診察は9時からだけど、8時に行ったら特別に見てくれるので見てもらった所だ。私は毎年、冬の乾燥する時期になると指先がひび割れて痛むから、年が明けたこれくらいの時期にはいつもお世話になっている。先生にクリームを処方してもらって会計を済ませ、お礼を述べて外へ出た。吐く息は白く舞い上がってすぐに消えてしまう。私の所属する吹奏楽部はいま朝練の真っ最中だろう

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【so.】堀川 国子[1時間目]

【so.】堀川 国子[1時間目]

 今日も「おはよう」の大声から逸見先生の授業が始まった。力強くチョークで殴りつけるように、黒板には「檸檬」という字が書かれた。レモンって、漢字検定何級くらいで書かされるのかしら。

「新藤、これなんて読むか分かるか?」

 いきなりお笑い担当に当てるのね。

「どう…もう?」

「お前の好きな食べ物系の言葉だ」

「パン!」

 どっと笑い声が起こったけれど、私はパンって漢字でどう書くんだったか、

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【so.】堀川 国子[3時間目]

【so.】堀川 国子[3時間目]

 橋本さんと話しながら教室へ戻る途中、体育の石堂先生に呼び止められた。

「堀川、次の体育なんだけど、小ホールで卓球をするからみんなに伝えておいてな」

 やれやれ、学級委員長ともなると細々と用事を頼まれることが多い。先生は伝言をしてさっさと小ホールへ行ってしまった。振り向くと、後ろの方を歩いていた月山さんが、階段へ行くのが見えたから呼び止めた。

「月山さん、次は小ホールで卓球やるんですって。岡

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【so.】堀川 国子[4時間目]

【so.】堀川 国子[4時間目]

 制服に着替えてロッカーから書道の道具を出していると、教室からまことが出てきた。

「まこと、行こうよ」

 新年最初の授業だから、書き初めをするんだろう。新年らしい言葉を考えながら、話しながら視聴覚室まで歩いていった。

「新年最初の授業だから、書き初めということになるンだけど、新年の目標だとか意気込みだとかもっともらしく書いたってつまらないからやめとこう。書は自由に、思いを込めて書いて欲しいか

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