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【so.】堀川 国子[3時間目]

 橋本さんと話しながら教室へ戻る途中、体育の石堂先生に呼び止められた。

「堀川、次の体育なんだけど、小ホールで卓球をするからみんなに伝えておいてな」

 やれやれ、学級委員長ともなると細々と用事を頼まれることが多い。先生は伝言をしてさっさと小ホールへ行ってしまった。振り向くと、後ろの方を歩いていた月山さんが、階段へ行くのが見えたから呼び止めた。

「月山さん、次は小ホールで卓球やるんですって。岡崎さんにも伝えておいてくれる?」

「わかった。ありがとう」

 そして小走りで階段へ戻っていった。あの人達は写真部の部室で着替えているから、うまく伝えられてよかった。

「今日の体育は小ホールで卓球だそうですー!」

 教室へ戻ると、大きな声で呼びかけた。私は手早く着替えながら、さっき橋本さんに言われたことを反芻していた。ひとまず、話の出処の和泉さんに話を聞いたほうが良さそうだ。和泉さんの席を見ると、もう着替え終わったのに椅子に座っていた。すぐにこちらに気がついたみたいなので、手招きを繰り返した。

「わたしー?」

「そう。和泉さん」

「つだまるー、先行くー」

 津田さんに言い残して、和泉さんがやって来た。

「どしたの委員長?」

「橋本さんが言ってたんだけどね」

 話しながらそのまま小ホールへ行くことにし、歩き出した。

「年末の件は田口さんが黒幕みたいな事を和泉さんが言ってるって、細田さんから聞いたらしくて」

「は?」

「だから橋本さんが細田さんから聞いたのが」

「話に登場人物が多くて分かんないんだけど」

 察しの悪い人ね。単刀直入に聞いた方がいいのかしら。

「田口さんが黒幕って本当?」

「何の事か分かんないし、ヨシミとサトミの事もよく知らないし」

「なら、変なこと言いふらさない方がいいよ?」

 しらばっくれているのか本当に知らないのか興味もないけれど、言うことは言っておかないと。呆気にとられて立ち止まってしまった和泉さんをそのままにして、私は小ホールへ歩いて行った。

 今日の体育は、寒いからって理由で石堂先生は卓球トーナメントに切り替えたらしい。そんなことではしゃぐのは男くらいのもんだと思うけれど。ただこの後の授業が書道だったことを思い出し、外でサッカーをやるよりは、手がかじかんで字が書きづらくなることもなくって良いかと思い直した。トーナメントのくじ引きを行って、私の相手はつぐみちゃんに決まった。

「朝に話してくれたこと、誰にも言ってないよね?」

 大和さんが釘を差したことを念押ししてみた。つぐみちゃんは一瞬ぽかんとしていたが、思い出したかのように笑顔で答えた。

「言ってない。言ってないよー。大丈夫」

 …どうだか。卓球について何も知らないらしいつぐみちゃんにルールだけ教えてあげて、試合を始めてみたけれどあっさりと勝ってしまった。

「がんばってね~」

 なんとも気の抜けた言葉を貰ってつぐみちゃんと別れた。トーナメント表を見ると、次の相手は田口さんになったらしい。丁度いい。橋本さんの言っていた話を聞いてみよう。
 卓について挨拶もそこそこに、私は単刀直入に聞いてみた。

「田口さん、年末の件は田口さんが黒幕だって噂があるの知ってる?」

「は? 何ソレ」

 田口さんの表情がみるみる曇っていった。

「誰がそんなこと」

「和泉さんから聞いたって人がいてね。ねえ、思い当たることはあるの?」

 田口さんは左右へ視線を迷わせた後、キッとこちらを睨みつけてきた。

「ない。です」

 そしてそれ以上何も言いたくないとばかりに、変化するサーブを連発してきた。卓球は公民館で弟と何回かやったことがあるくらいで、変化球を打ち返す技術までは持っていない。ラケットに当てても当てても変な方向へ飛んで行くから、一方的に負けてしまった。勝ちを決めて物も言わず去っていく田口さんに対し、何の健闘も出来ず完敗したことが非常に悔しくって、立ち尽くしていた。

「委員長、試合しよう!」

 神保さんが声をかけてくれたから少し気が紛れた。

「神保さんは優勝候補かと思ってたよ」

 私はラケットを振りながらそう言った。実力が近いのか、いいラリーが続けられていた。

「トーナメント表を見てみたら、意外な人が強いって分かるね」

「そうね」

 神保さんと楽しく打ち合っている中、遠くで田口さんが和泉さんと言い合いをしているのが見えた。結果炊きつける形になってしまったかもしれないけれど、あんなデリケートな出来事にあることないこと尾ひれをくっつけるのは良くないはずだ。人の命が関わっているんだから。

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