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【so.】岡崎 正恵[1時間目]

「おはよう!」

 身構えていたからびっくりしなかったけど、現代文の逸見先生はいつも大声を出すから好きじゃない。そしていつものように黒板を破壊するような筆圧で文字を書き殴り始めた。

新藤、これなんて読むか分かるか?」

 黒板には、木偏のなにか難しい字が書かれている。

「どう…もう?」

「お前の好きな食べ物系の言葉だ」

「パン!」

 私の後ろから威勢のいい声が聞こえてきた。私はカレーかなんかかと思ったけど。

「レモンと読む。今回からはこの小説を取り上げることにする」

 レモンかー。えらい字を書くんだな。

「じゃあまず誰かに読んでもらおう。今日は12日だから…12番の神保」

 ジンさんが立ち上がって朗読を始めた。さっきの出欠の時、メインカメラが取込中も色々撮れるように持ってきたサブカメラでジンさんを撮ろうとカメラを向けたら、後ろのやまちがポーズをキメてきたから渋々撮った1枚しか収穫がない。ジンさんの朗読をしばらく聞いていたけどなんだか興味を持てない内容だから教科書は開いたまま、ノートに落書きを始めた。

 プリっとしたレモンの実。そこから枝をガリガリ引きながら、それは鹿の角になった。やっぱり鹿よねー。『おかざきの鹿』ってフォルダに今も取込中の鹿の写真は、もう2000枚は超えただろうか。枚数が多すぎて朝のうちに取り込みきれなかったからカメラを放置して、サブのカメラを持ってきたけど、そういえば、栗原はなぜ私の写真を見ていたんだろうか。
 右隣に座っている栗原を横目で見てみたら、教科書を手にして真面目に朗読を追っている。いい横顔で、思わず写真を撮りたくなる。でも前に現代文の授業中に写真を撮ったら、逸見先生から烈火のごとく怒られたからもうしない。
 同じ写真部の部員として、栗原からは写真についての情熱みたいなものを全然感じないし、部活にも滅多に顔を出さないんだけど、良い風景写真を撮るんだよなあ。そういう点で私は一方的に栗原のファンだから、もうちょっと会話できたらなと思うんだけれど。もしかして、栗原も私の写真のファンだったりして。そうだったら嬉しいんだけどな。

「この筆者はどういう人物だと思われるか? はい、平」

「は、廃墟マニア?」

 クラスがどっと笑った。タイラーは確実に天然だよね。そういう回答を期待して、先生も優先的に当てに行っているフシがある。

「そんな余裕のある人物だと読み解けるか? 自暴自棄になっていて、どこか死の気配を秘めているんだな」

 へえ、そういう話なんだ。死かあ。考えだしたら深みにハマってしまうのが分かるから、しばらくは出来るだけ考えないようにしている。ガラッと後ろのドアが開いて、たまきちゃんが戻ってきて、やまちが入れ替わりに出て行った。事故だとかなんとか、詳細分からない人間からすると「はあ、そうですか」としか言えない面談だったなあ。

「次は、埋田に読んでもらおうか」

「はい」

 後ろの方でサエさんが朗読を始めた。しばらくサエさんの朗読を聞きながら情景を思い浮かべてみようとしたんだけど、古い時代の話だからかさっぱり上手くいかない。要はお金がなくって死にかけてる人の話なんだろうか?

「ではこの時主人公は何を思ったか? じゃあ、岡崎、分かるか?」

「お金が欲しいんだなあ みつを」

 自信満々に言ってみたけれど、あんまウケなくて残念。むしろスベった感じがしてこっ恥ずかしい。

「過去と現在の嗜好について、対比の連続。これは、自分が変わってしまった事に対して抗えない、やはり自棄の感情があるんだな」

 …むずかしい。学年末のテストが大いに不安になってきたよ。


 授業が終わって、次は生物室で実験。アヤリンを連れて、生物室へ行く前に部室へ行った。

「終わってる終わってる。良かった」

 転送を終えた一眼レフちゃんを首元にかけて、すぐに部室に鍵をかけた。

「ごめんね、お待たー」

 生物室へ向けて階段を上がっていたら、アヤリンが尋ねてきた。

「まっさ、写真撮るの、好き?」

「ええー、今更? 好きっていうか、呼吸するみたいな感じよ」

「そっか。すごいよね」

 自分で言っておいて、なんだかこそばゆいような気分になった。

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