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【so.】岡崎 正恵[2時間目]

 階段を上りきって廊下を歩いていたら、窓の外、空の色がどこまでも透き通った青色で美しかったから、足を止めてシャッターを切った。

「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」

 実験の時間はよく分からないから、いつも川部さん栗原に任せてしまう。その様子を隣のサエさんは眺めている。私はさっき撮った写真をプレビューしてみた。雲一つない冬の空のスカッとした青色と、公園の緑色で海の青黒い色を挟んでいる。やっぱり栗原の風景写真とは違うなと思った。砂浜に突き立っている傾いた廃材が、朝日を幾つもの光に分解している、他には何も写っていない写真だったのだけれど、奥行きというか強度というか、敵わないなと負けを認めたくなるような印象を私の心に刻み込んだ。しかもそれが偶然じゃなく、先輩の定めた締切に栗原は必ずハッとする写真を提出していた。
 川部さんに対する「さん」付けみたいな他人行儀なものじゃなく、サエさんへの「さん」付けのようなあだ名的親しみでもない、一個人として尊敬を込めて「さん」付けをしない呼び捨てなのだけれど、このニュアンスは栗原に伝わっているのかな。見れば栗原は珍しく落ち着きなく、さっきからちまちまとスマホをいじっていた。

「はい。見えましたかぁ? 見えないテーブルは、他のテーブルの人に手伝ってもらってくださいねぇ。見えたテーブルは、観察した絵をプリントに書いて、観察結果も書いてくださいねぇ」

 島田のおじいちゃんが近づいてきて、指をべろべろ舐め、プリントの端をめくって配った。その指の当たった辺りをしばらく見つめていると、イヤダイヤダと思うのに湧き上がった衝動を抑えきれずに、恐る恐る臭いを嗅いでみた。

「っ!」

 仰け反るくらいの異臭に言葉も出ない。今の様子を見ていたらしい川部さんがにたにたしているのと目が合って、私は苦笑いしか返せなかった。そして川部さんは「どうぞ」と言ってセッティングが成された顕微鏡を私の方へすっと押してきたから、それを覗き込んでみた。

「うーわーきもい」

 思っていたより速いスピードで何かが流れていて、思ったまんまのことを口走ってしまった。これをスケッチするのか…。意を決してもう一度覗き込み、イメージを頭に焼き付けた。

「サエさん、見る?」

 顕微鏡をサエさんに回すと、サエさんは髪を耳に掛けて顕微鏡を覗き込んだ。その仕草が色っぽい。これで同い年なのかと思うと自分が情けなくなるね。

「はああ」

 ため息をつきながら頭に残っているイメージを書き写していく。他の3人は次々に覗き込んでは熱心に書き写していた。ゆるい授業だなあと思った。

 授業が終わって、次の体育に向けて部室へ行って着替えようかとアヤリンへ目を向けると、たまきちゃんと何か話をしている。珍しいこともあるんだなと思って、ひとり部室へと歩いて行った。次は外でサッカーか何かだろうか。カメラも置いていかなきゃいけないし、嫌だなあ。

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