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【so.】月山 綾[2時間目]

 まっさと2人、生物室まで歩いている。ぴたっと足を止めたまっさは、首元にかけた一眼レフを構えると、窓ガラスから見える景色にさりげなくシャッターを切った。部長のまっさは私と同じ写真部だけれど、彼女が写真に掛ける情熱に対して、私のそれは素人に毛の生えた程度のものだった。まっさも、きっと主役になれる人生なんだな。私には、何もない。

「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」

 今日も島田先生の声は遠い。

「ビニール袋に少量の水とメダカを入れた物を用意したので、各テーブルからひとり、取りに来てくださいねぇ」

 隣の橘さんがすっと立って取りに行った。斜め前の津田さん、向かいの中島さんは、机の上の顕微鏡をいじり回している。

「各テーブルに顕微鏡を用意しているので、メダカの尾ひれが見えるように置いて、スイッチを入れてピントを合わせてください」

 橘さんが取ってきたメダカを顕微鏡に乗せ、ひとりずつ覗き込んでみた。尾ひれの血流がよく分かった。

「こんな小さい魚でも生きてんだねぇー」

 しみじみと津田さんが言った。本当にそうだ。このメダカはどこで生まれてどこで捕まって、いまこの顕微鏡に乗っているんだろう。そしてこのまま彼(?)は生物準備室でその生命を閉じるんだろうか。そんな人生、悲しいな。

「はい。見えましたかぁ? 見えないテーブルは、他のテーブルの人に手伝ってもらってくださいねぇ。見えたテーブルは、観察した絵をプリントに書いて、観察結果も書いてくださいねぇ」

 言いながら先生は、指をぺろりと舐めてプリントをめくって渡してきた。津田さんと中島さんが、その指の当たったであろう辺りを2人で指差して苦笑いしている。津田さんはバスケ部、中島さんはソフトボール部、隣の橘さんは吹奏楽部か。きっとみんなやりたくて入ったんだろうな。写真部、って。私は未だに絞りやシャッタースピードのことがよく分からない。写真部には何となくラクそうだから入っただけなのだ。
 同じ年度の4月初めから3月末までの1年間に生まれたのに、みんな違う。何が得意で何が好きで、何を夢見て何を努力しているのか。その不思議に思いをはせる。来年は3年生で、否応無しに進路を定めなければいけないけれど、そんなものが私には皆目見当もつかなかった。
 主役になれる人生と、脇役でしかない人生、そんな妄想を比較しては溜息をつく毎日。脇役は脇役の人生で、脇役なりの幸せを得られるのだろうか。

「月山さんってさ」

 隣の橘さんが私のプリントを見つめて声を掛けてきた。

「絵、上手いよね?」

「え、そうかな」

 観察結果に影で濃淡を付けたのが、そう錯覚させるだけじゃないのかな。

「ほんとだ。ツッキー見せて。写させてー」

 津田さんに強引にプリントを奪われてしまった。絵か。意識したことなかったな。選択科目も私は音楽クラス。美術クラスや美術部に入るだなんて、考えたこともなかった。絵かあ…。

 誰か美術部の人がいたよなぁ、と授業が終わるまでずっと考えていて、同じ写真部の栗原を手伝って顕微鏡を片付けている山浦さんを見てピンときた。

「山浦さん、突然変なこと聞くんだけど」

 ほとんど接点のなかった私からの問いかけに、山浦さんは少し戸惑っていた。

「なにかな?」

「あの…美術部って…今度見学に行ってもいいのかな?」

 山浦さんは斜め下に首を傾げ、押し黙った。

「まずい?」

「ううん、先生に話しておくよ」

 山浦さんはニッコリと微笑んだ。

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