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【so.】中島 来未恵[1時間目]

 ホームルームが終わって後ろの山浦は出て行った。そして逸見先生が入ってくるなり、大きな声であいさつをする。1時間目は現代文。とりあえず教科書は開いてみたけれど、私はスポーツバッグの中から、ヤニーズアイドルの情報がいっぱい載った雑誌Jomyoを取り出した。登校途中にコンビニで買って、これを読みふけるのを楽しみに朝練を乗り切ったんだ。

「パン!」

 なんだか難しい漢字の読みを当てられたらしいさっちんが叫んだ。これは昼ごはん食べるまで、さっちんの頭の中にはパンしかないな。いつもエビカツとカレーパンの2個って決めてる私は、さっちんと違って迷うことなんかない。それよりも迷うのは…私はため息混じりにJomyoのページをめくってヤニーズジュニアのページを開くと、ジュニア一斉インタビューでみんなの集合ショットが写っているのに出くわした。お目当ての双子、光兄弟が肩を組んでいたから、もう悲鳴あげるかと思った。きゃあ! ヤバイ。マサル君もソウ君も可愛すぎでちょっとどうしてくれるんだ。このページは国宝に認定すべきだよ。一度大きく深呼吸をしてまた集合写真を眺める。マサル君とソウ君のどっちを選べと…。これがいま私の人生において決断のできない大きな問題だった。
 ページをめくるとジュニアのみんながタバコを咥えてニカッと笑っている。喫煙者の肩身のどんどん狭くなるこのご時世に「You、ヤニーズはヤニ咥えてナンボだよ」の一言でゴリ押しさせるヤニーさんは凄いとしか言えない。ジュニアで成人したメンバーはみんなありえないほど煙をふかして顔が見えない写真だってあるくらいだ。

「この筆者はどういう人物だと思われるか? はい、平」

「は、廃墟マニア?」

 タイラーがまた素っ頓狂な回答をして笑いを取った。先生は突然誰かに当ててくるから油断出来ないけれど、だいたい2人くらいにしか当てないから、後はもう飛んでこないだろう。これで安心して読める。何より放課後までに一通り目を通して、1年の小林に貸してあげないといけないし。
 埋田さんの朗読する声が響く教室を、なんとなく見回してみる。このクラスには不思議とJomyoを読んでる人がいない。もっと誰かとジュニアの話をしたいんだけどな。私は好きじゃないけれど、1人くらいリーダーの事が好きな子がいたっておかしくなさそうなのに。今度教室の真ん中にJomyoを置いてみて、誰が反応するか観察してみようかな。
 ページをめくると今度はマサル君! ああ、ソウ君とどっちを選べばいいんだろ。決めらんないよ。

 授業が終わってJomyoをスポーツバッグへねじ込むと、さっちんと目が合ったからトイレへ行くことにした。廊下を2人で歩いていると、後ろからナオが声をかけてきた。

「ねーねー、これナイショの話なんだけどー」

「パンの特売?」

 さっちんが即答したのにナオは答えず、トイレのドアを開けながら言った。

「いずみちゃんが言ってたけど、ヨシミが怪しいって噂があるらしいよ…」

 何か勿体ぶって言うようなのってすごくムカつくんだよな。

「何が?」

 私が尋ねると、ナオは口角を上げて笑みを崩さないまま、たしなめるように付け加えた。

「だからぁー、終業式のアレのことよ」

 アレとかさ。ひとつしかないじゃないか。私は何も言わずにさっちんを見ると、いつになく真剣な顔をしている。その時奥の方で個室のドアが開いて、中からノリカが出てきた。

「あ、ノリちゃん見てみてこれ!」

 ノリカにスマートフォンの画面を見せるナオ。元々この後私たちに見せるつもりだったのか、ノリカに何を見せたのか分からないけれど、見せられたノリカは一言も発さない。

「こわいよねーこれ。クラスの誰かが書いたってことー?」

 すごく楽しそうなナオが不快なんだけど、横で真剣な顔をして聞いていたさっちんが突然口を開いた。

「終業式のアレって、パン屋のことでしょ!」

 話が何も噛み合っていないことにちょっと衝撃を受けた。

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