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昆布ベースの関西だし、ここに極まれり

大阪・道頓堀に〈今井〉という蕎麦屋がある。

また蕎麦の話かと引かないでほしい。
何を隠そう、この店で蕎麦を食べたことはないのだ。
食べるのは決まってきつねうどん。

だから本当に蕎麦屋なのか確信はなかったが、暖簾には確かに「御蕎麦處」とある。

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え? ちょっと待って? これ映画のセットでないの?
そこ道頓堀でしょ? ド派手な看板てんこ盛りの、あのごちゃごちゃした…

そう、その道頓堀。
道頓堀とて、昔からフグやカニの立体看板が動いていたわけではない。
江戸期には芝居の小屋や茶屋がひしめいていたというから、今に劣らず賑わっていただろうけど、おそらくは風情のある賑わいだったはずだ。
たぶん、グリコの看板もなかったに違いない。

ではこの〈今井〉も江戸期から? …なわけがない。
道頓堀は空襲で一面焼け野原になっているのだ。
〈今井〉は終戦の翌年、この地で飲食店として営業を始める。
さらに近年8階建ての近代的なビルに建て替えられてもいるのだが、入口は昔の構えを再現したようだ。

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お店に入ったら、まずは板わさで冷酒をキュッと。
いわゆる「蕎麦前」で、これから始まる甘美な時間に備える。
ただ、続いて頼むのは蕎麦ではなく、うどん。
御蕎麦處ではあるが、さすが大阪、客の8割が頼むのがうどんだそうだ。

中でも絶大な人気を誇るのは、きつねうどん。

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だしの美しさに目が釘づけ。
口にすれば、その優しさ、まろやかさにうっとり。
昆布を主体に、うるめ節、かつお節、さば節で仕上げた極上のだし。
だしの今井、と言われるゆえんだ。

だしは一度に20人前しか作らず、一切の作り置きをしないと聞く。
多い日で1日に600食も出るというから、30回もだしを取るわけだ。
そんな妥協のないだしがうまくないわけがない。
いつ行っても最後の1滴まで飲み干してしまうのはそのせいだ。

昆布ベースの関西だし、ここに極まれりと言えるだろう。
未体験の人には、麺はいいからだしだけでも飲んで帰ってと言いたいほど。
食べないで終わったら人生損をするレベル、これホント、ぜひ!

きつねうどん以外も食べてみたいと心に決めて行くのに、何の呪縛だろう、暖簾をくぐると別のものが頼めなくなってしまう。
今日こそカレーを食べようと思って〈すき家〉に行って、必ず牛丼を頼んでしまうような…いや、たとえが卑近すぎた。

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幸せなひとときを過ごした後、少し足を伸ばして〈天満天神繁昌亭〉へ。

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ただ、先に寄席に行くべきだったと後悔した。
うまいだしで腹が満たされてからでは、どうしてもまぶたが下りがち。
蕎麦前の冷酒も効いている。
せっかく実力派揃いの昼席だったというのに、一人は完全に記憶がない。

この日のシメは神戸の乙な日本酒の店だったが、それはまたの話。
もう朝から晩までうまい一日だったのだ。

(2021/7/14記)

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