きっと何かが今に役に立っているだろうと信じている
大学4年間はどう過ごしてもいいと親から言われていた。
勉強するも自由、遊ぶも自由と。
そんなこともあって、大学を選んだ理由である研究室に入るまでの3年間はとことん自由に過ごすことにした。
入学式当日、大学近くの学生相談所に登録した。
学生相談所はバイトの紹介所で、時間になると職を求めてさまざまな大学から学生が集まり、壁一面に貼られた求人票を吟味して回る。
その後、求人ごとにカウンターからヌーッと出される長い竿の先のカゴに希望者がわぁっと会員証を入れ、係が抽選して決めるという熱い戦いだった。
バイトは短期のものばかり選んで次々と変えた。
社会を見るのが目的だったので時給なんてどうでもよく、いちばん安かったのが模試の試験監督で580円だったか。
***
入学後すぐホテルの住み込みバイトに入った。
京都なので、全国から毎日やってくるかわいい修学旅行生のふとんを敷きに行ったり、ごはんの準備や片づけをしたりして1週間。
当時はケータイなどなく、友だちからは失踪したと心配されていたようだ。
比較的長く勤めたのが編集プロダクションのバイト。
レタリングが好きでデザインがしたくて面接を受けたが、そんな仕事はないと言われながらなぜか採用になり、そこから編集にのめり込んでいく。
本を作る仕事、それは物理的に形あるものを作るという意味のほかに、世に埋もれている原石を宝物に変えるという意味があることを知った。
その原石は信じられないほど無数にあって、でも感覚を研ぎ澄まさない限りそれらの原石には気づきもしないということも。
編集者とはもう半ば山師だ。
小さな頃から文章書くことが好きだったこともあり、学生バイトながら養護教諭向けの雑誌に連載記事を書かせてもらったり、巻末の付録の原案を考えさせてもらったり。
八百屋のバイトも楽しかった。
客があれそれと指示する野菜をカゴに入れ、合計額を暗算していく。
途中で分からなくなって、適当に2300円ですと言ったことも…ある。
この場を借りて、お客さんごめんなさい、八百屋さんごめんなさい。
カゴの中を見て、あとこれ足せばこんな料理ができると提案したりもした。
今ではネットであたりまえのレコメンド機能は、すでに八百屋で実現されていたのだ。
その他、深夜の銀行清掃、深夜の冷蔵庫工場清掃、深夜の郵便仕分けの〈深夜シリーズ〉、懐石料理の配膳、豆腐料理の調理補助、うなぎ屋の下足番の〈料理屋シリーズ〉、呉服展示会の会場設営、歳暮の配達、スーパーの品出しの〈体育会系シリーズ〉など、卒業までに40職種ほど。
次々積んだ経験は、きっと何かが今に役に立っているだろうと信じている。
いや、ただ飽きっぽくなっただけかもしれない。
(2021/7/27記)
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