さぁ、今日はどんな一日にしようか
朝、起き抜けのコーヒー1杯、はよくないらしい。
身体には本来、朝になると覚醒ホルモンを分泌する機能が備わっている。
しかし、同じタイミングでカフェインを摂取すると、このホルモン分泌が減り、次第にコーヒーなしでは目が覚めなくなるのだとか。
朝のコーヒーは、好きな人にはたまらない至福の時間だが、せめて9時を過ぎるまでは我慢したほうがよいと聞いた。
*
母は明らかなコーヒー依存症だった。
毎朝はもちろん、毎昼、毎夕、そして間食にもコーヒーを欠かさなかった母は、自分でもコーヒー中毒だと笑っていた。
だからか、母は自分の子供にはコーヒーを許さず、酒とたばこと、そしてコーヒーはハタチになってから、と繰り返した。
梅酒やビールは小さな頃から口にしたが、なぜかコーヒーだけは固く教えを守って手を出さなかった。
高校の頃、喫茶店で友達がコーヒーを頼むのを見て、え、そんなん捕まるでと思ったのは母の教えが徹底していた証拠だ。
僕はもちろんクリームソーダだった。
ハタチになり、下宿で飲んだインスタントコーヒーの感動は忘れない。
鼻を抜ける香り、舌に残る酸み、喉元を落ちていく苦み。
これはクセになるわ、と分かったようなセリフを吐いた。
*
日本のコーヒー消費量の数%を占めていそうな母だったが、歳とともに、そして病とともにコーヒーを受けつけなくなっていった。
コーヒーの刺激的な風味が、体調によっては破壊的に感じるだろうことは、すでにコーヒーの虜になっていた僕にはよく分かった。
母は2020年に天国へと旅立ったが、台所を整理していると戸棚の奥から中身が少しだけ減ったインスタントコーヒーの瓶が出てきた。
日付を見ると2年前に期限が切れている。
その前年に買ったのだと思われるが、3年かけて半分も飲めなかったほどに母の身体は蝕まれていたのだと初めて知った。
大好きなコーヒーが飲めなくなってくる、というのは自分の衰えを知るひとつの正確なバロメーターだ。
*
朝のコーヒーは9時以降に、というのは前職の朝礼で誰かが言って知った。
それまでは会社に着いたらまずコーヒー、だったが翌日から改め、退職した今も9時の解禁を待ってからコーヒーを楽しむ。
まだコーヒーはおいしいし、コーヒー欲もしっかりある。
大丈夫。
でもカフェインの害をそろそろ無視はできない歳になってきたから、コーヒーはほどほどに、薄く長くつきあっていくことにしよう。
さぁ、今日はどんな一日にしようか。
もうすぐ9時だ。
(2023/3/17記)
この記事が参加している募集
チップなどいただけるとは思っていませんが、万一したくてたまらなくなった場合は遠慮なさらずぜひどうぞ!