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次会うトンボはアキアカネがいいな

とんぼのめがねは みずいろめがね
あおいおそらを とんだから とんだから

童謡『とんぼのめがね』の一節だ。
幼稚園の頃、この唄が大好きだった。
これを熱唱しているカセットテープもまだ手元に残っている。

だからか、トンボも好きだった。
網と虫かごを持って、近くの田んぼで追い回したものだ。
しかし自分の成長、周囲の自然の減少とともに、トンボを見かけることもなくなっていった。

***

おい、へんいち、トンボで切っといて!
落としてしまわないように気をつけろよ。

入社からそれほど経たないある日、先輩からそう言われた。
僕は大学を出て出版社に入り、編集部に配属されていた。

――はい? トンボ? 切る? 落としてしまわないように?

何を言っているのだ、この先輩は。

印刷業界にはトンボというものがある。
紙の周囲についているこんな記号だ。

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紙の断裁位置やセンターを示すための重要な記号。
天地左右の中央を示す十字型のものがトンボに似るから、そう呼ぶ。

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出版、印刷業界の人にはおなじみの記号だが、完成前に切り落とされ、できあがりには残らないので、以前なら個人が目にすることはなかった。
今ではDTPの広がりで、目撃者も増えているもしれない。

四隅のトンボが断裁位置を示すから、赤枠が完成サイズだ。

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たとえばこんなふうに使う。

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以前作った〈イワシのブカティーニ〉の写真だ。
この赤枠で断裁され、それより外は使われず、仕上がりはこうなる。

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ここまでの知識があってはじめて、入社直後の先輩の言葉の意味が分かる。

おい、へんいち、トンボで切っといて!

その時は近くの人に聞いて、なんとかトンボの意味を知った。

――フムフム、ここで切ったらえぇんやな?

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――手ぇ切らんように気ぃつけて、まずは横にスパッと!

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――よし! 次は縦にスパ… えーー! ないやーーん!

縦用のトンボはすでに失われていた。

落としてしまわないように気をつけろよ。

の意味はそういうことだったのだ。

***

出版から離れ、またトンボを見かけることはめっきり減った。
いや、でも次会うトンボはアキアカネがいいな。

夕やけ小やけの 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か

も大好きだから。

(2022/5/30記)

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