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あの日失った日常が少しずつ、ほんの少しずつ戻ってきている

「カルディがコーヒーサービス再開したってよ」
そんな情報を聞きつけ、さっそく近所の店舗に足を運んだ。

カルディは本来コーヒー店だけど、実のところ総合輸入食品店だ。
店にはさまざまな見慣れぬ食品がところ狭しと並び、どこか外国のマーケットを思わせるような賑やかさ。
店内の陳列棚も整然と並ぶのではなく複雑な配置になっていて、まさに入り組んだ路地に迷い込んだ気分だ。

それもそのはず、同店のサイトには「賑やかで活気溢れる市場の雰囲気」「西洋の図書館をイメージして設計」「整然とした買いやすさを敢えて覆し、空間に変化をつける」などの言葉が並ぶ。

最大の特色が、店頭でのコーヒーサービスだった。
店先に立つスタッフが、砂糖のいっぱい入った甘いコーヒーを小さな紙コップでサービスしてくれたのだ。
客はそれを受け取って、飲みながら店内を回った。
「コーヒー片手に路地裏の宝探しに出る」というコンセプトだったようだ。
ふだん砂糖入りなんて飲まないが、このコーヒーはおいしかった。

なのに2020年、ぱったりとそのサービスが終わってしまった。
理由はもちろん例の感染症だ。
暗黒の数年間、コーヒーを飲みながら店内を回るなんて許されなかった。

いろんな立場のさまざまな意見があることは承知している。
しかし僕は、自身も罹患した一人として、この感染症を早く収束させて日常のウイルスに転落させるためには、マスクだのディスタンスだのワクチンだのに一貫して反対の立場だから、同店がコーヒーサービスをやめてしまったのはいかにも過剰反応だと感じていた。
嫌がる客も多いから、店として苦渋の決断だっただろうことは理解できるが、それでもだ。
そんな反発もあって、すっかり同店への足が遠のいてしまっていた。

「コーヒーサービス再開したってよ」

あれから3年、その日がやってきた。
ムスリムだろうか、ヒジャブをかぶったキリッと目元の美しい女性がコーヒーを手渡してくれた。
外国のマーケット感が倍増する。
「今日から再開ですか?」と訊いてみる。
「いえ、10日前からです。よかったらいつでも来てください」
ありがとう、喜んで。

あの日失った日常が少しずつ、ほんの少しずつ戻ってきている。

(2023/10/3記)

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