見出し画像

お盆の風景

義父母がまだ健在だった頃、毎年お盆には親戚が集まってバーベキューをするのが恒例でした。山奥の集落にある義実家は普段誰も住んでいないのですが、近所の大概の家はまだそこで生活していて義父母も田んぼや畑のために行ったり来たりしている状況でした。当時はエアコンなんてなくても寒いくらいに涼しくて、ひとたび家に入り座敷から窓の外を眺めると山間の景色が素晴らしく、そのまま時間が止まります。

昼になる頃にはわらわらと親戚が集まりだし、宴会が始まります。ここの家系は私を含め酒飲みばかりです。みんな飲むのが本当に好きで、そのため時々小さな事件が起こります。


あれは確か、まだ次女が小さかった頃の大晦日でした。年越しを山の中の義実家で一緒に過ごそうと、一泊分の荷物を準備して車で向かいました。途中、言われてはいなかったのですがお寿司の詰め合わせとオードブルを買っていきました。義実家に着くと義母が涙を流しながら仏壇の前に座っています。でも私たちの姿を見るとすぐに涙を拭いていつもの義母に戻るのでした。年末年始は親戚が集まるわけではないので家族だけの年越しです。そろそろ夕飯の時間なので義母と一緒に準備を始めました。準備といってもそこから調理を始めるわけではなくて、用意してあるおかずや飲み物をテーブルに並べるぐらいです。私は持ってきたお寿司とオードブルをテーブルの真ん中に置きました。義母が持ってきてくれたのは鉢に入った漬物のみです。「?」と思いながらもそれで十分食事はできるので、みんなでいただきました。食事の最中義母は「唐揚げ買ってこればよかったのに。唐揚げが食べたかった」と、しきりに言っていました。そのオードブルには唐揚げが入ってなかったのです。食事が終わるとすぐ近くにある温泉に行って、娘たちと義母と一緒に温泉に浸かりました。山の夜は寒く、周りは雪で覆われているので座敷にみんなの布団を敷いてストーブを焚いたまま就寝しました。

翌朝は義母が早くから起きて朝食とお雑煮の支度をしていました。私もお手伝いのためにみんなよりも早く起きたのですが、台所へ行くと義母が唐揚げを揚げています。よっぽど食べたかったようです。そこで私は驚愕の事実を聞くことになります。飲兵衛な義父母は昨日の朝からどっちが多く飲むことができるのか、飲み比べをしていたんだそうです。酔っ払った義母は私たちが義実家に来たのも一緒に夜ご飯を食べたのも全然記憶になくて、温泉に浸かっているときにようやく意識が戻ってきたと言います。だから仏壇の前で泣いていたのも酔った上での行動で、本当はご馳走をいろいろ準備していたのに漬物しか出さなかったのも、そのためでした。でも唐揚げが食べたかったことだけは覚えていたようです。昨晩は村の寄り合いで不在だった義父も合流して、みんなで新年のお祝いをしてご馳走をいただきました。


というような出来事が、飲兵衛の家系では時々起こるのです。お盆に集まる親戚は主に義父の兄弟とその配偶者たちです。うちの家族以外の若い人といえば、義父の妹の息子たち三兄弟です。この兄弟は叔母夫婦と一緒に家を建てて住んでいて長男が主人と同年代なのですが、兄弟は誰も女っ気がなく仕事とパチンコのために生きているような生活です。いつも周りから結婚相手の心配をされているし、私もついつい主人と「どうなってんだろうね」なんて話してしまいます。このまま男3人で肩を寄せ合って生きていくのかなぁなんて想像をしてしまうのです。最近なんて義父のお葬式で会ったときに長男と話す機会があったのですが、私は「福岡は女の子がいっぱいいるよ〜」なんて言ってしまいました。長男には「いや、富山も女の子たくさんいるよ」と返され、「それもそうだな、バカなこと言っちゃったな」なんて後から思いました。でもあある時ふと気づいたのです。

三兄弟は毎度毎度周りから結婚の心配をされて余計なお世話と思っているだろうし、うんざりだろうな。私が心配したところで女の子を紹介するわけでもないし、そもそも結婚することが必ずしも幸せなわけじゃない。結婚して子供を作らなければいけないという価値観がそもそも今の時代に合っていなくてナンセンスだ。本人は現状に満足しているかもしれないし、相談されることがあればそのときに考えればいい。それよりも自分の幸せを考える方が大切。…ものすごく反省しました。自分の常識は他人の非常識。何でもかんでも自分の物差しで計るべきではないと。

気を取り直して、親戚が集まったお盆の山の中の一軒家では、昼間から楽しい宴が繰り広げられます。昼間は座敷に並べられたテーブルで、その姿はさながらサマーウォーズの陣内家のようです。日が暮れてくると庭に畳を敷いてテーブルを出し、バーベキューが始まります。これは私が結婚した頃にはすでに恒例になっていたのですが、主人の提案で始めたんだそうです。ひととおり終わるとみんなで片付けをして、近くの温泉に行き汗を流します。そうして楽しく夜はふけるのです。

朝はまた義母の朝食作りから始まり、もちろん女性陣や私もお手伝いします。義実家で獲れたお米や夏野菜を使った朝ごはん、私はみんなの分の目玉焼きを焼く係です。このときばかりは長女も手伝います。うちの娘たちは家では特にお手伝いをしてもらっていないのですが、普段から私がやることをよく見ているらしく外では上手に手伝うので褒められることが多いです。子供は親の背中を見て育つものなんですね。そしてご飯を食べ始めるとまたビールを飲み出す人もいて、宴会が始まります。それがひと段落するとそれぞれのタイミングでお墓参りに出かけます。そして帰るときにはたくさんの夏野菜をお土産にもらうのです。


書いていてとても懐かしくなりました。ほんの少し前のことなのに、今は義父も義母ももういない。義実家でのお盆に思いを馳せながら、今晩は主人と晩酌したいと思います。

未来はいつも面白い!