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ニコレッタ@
2022年7月8日 20:33
昭和49年頃のこと。 スケートボードの大ブームが起きた。 小学生の間でも、スケボーを持っているとか、スケボーに乗れると言う子が、ちやほやされた。 この物語の主人公フミオの子供たちは、持っていなかったのだが、その日フミオの8歳の息子、和彦がスケートボードを抱えて帰ってきた。 「姉ちゃん見て見て! スケートボード! 友達が貸してくれてん!」 玄関で叫ぶと3つ上の姉、樹里と、その友達
2022年8月12日 20:35
昭和51年頃 テーブル型ゲーム機が 各地の喫茶店に置かれ始めた。 初代はブロックくずしだ。 フミオの妻、三枝子の喫茶店にも さっそく1台が設置された。 自宅が喫茶店🟰自宅がゲーセンとなる。 子供にとっては パラダイス天国楽園。 しかし誰より驚喜したのは 大人代表フミオだった。 「貯金箱から100円玉、持ってこい」 子供たちに命じる。
2022年9月16日 05:55
初恋の相手は中学の同級生、それはよくある話だが、その子の名前をまるッと娘に名付けた男がいた。しかも、妻や親兄弟ほか誰にも知られることなく、姓名判断の本を熟読するふりをしながら、自然な流れで命名していた。犯人は自分の父だ。中学生の頃、部屋で宿題をしていると父が入ってきた。焦げ茶色の古いアルバムを抱えている。「お、おったか。これワシの中学の卒業アルバムや」「中学の? ふ~ん。
2022年9月16日 21:16
昭和40年あたり。銭湯はひとつの社交場。フミオの父雄吉も二人の孫を連れて、毎日のように通った。息子の嫁さんが少しでも休めるように。そんな温かい人柄の爺さんだった。まだ生後三ヶ月程の和彦の身体を丁寧に洗い、脱衣所の床にバスタオルを敷いて手早く拭く。それからてんかふ(ベビーパウダー)おむつ。赤ん坊を風呂に入れるのは、母親でもひと苦労。爺さんはお湯でさっぱりしたにも関わらずすでに汗だくだ。そ