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ある日私は障碍者になった(14)~「死なんといてください」
2021年春先のことを、ここにきてやっと記します。
【マガジン】
リワークにむけて就労支援センター通いを始めて、ひきこもり だった私がドクター、看護師さんではない人たちとやっと話し始めたときのことです。
就労支援センターを正式に利用するにあたって事前面談がありました。そのときにかけてもらった言葉が今のわたしのゲートキーパー、一線を越えることを思いとどまらせてくれています。
面談のときに主治医が書いてくれた診断書を見てもらいました。そこに「希死念慮」「自傷行為」という言葉がありました。そんなことを考えるくらいですから顔色も真っ青、目もうつろだったと思います。
これが就労支援センターの代表がそのとき私にぶつけてくれたことばです。
「これだけは僕と約束してください。死なんといてください。自分を傷つけんといてください。僕ら役に立つかどうかわかりませんが、ここにいますから。ヴェロニクさんに何かあったら、僕がぐちゃぐちゃになります。」
それまでは「○○するのはいけないことです」「自分で“ま、いっか”と唱えなさい」と医師、カウンセラーにありがちなことを言われても「どうせ私のことなんかわかってもらない」と反抗して余計に死にたいとつぶやいたり自傷行為を重ねたりしていました。
でも、しんどいときも、楽しいときも、何にも考えていないときも、この言葉が時々頭の中で自動再生するようになってから「あ、そうだ、あの方を悲しませるようなことしたらいけない」と思うようになりました。
「僕」という一人称を主語にした言葉のパワーは偉大です。私のことを気にかけてくれる人がいるという、どこかホッとした気持ちになりました。
パターナリズム的な指導でもなく、マターナリズム的な寄り添いでもなく、ただ対等な人間として側にいてくれようとしてくれる人がいる。孤独を抱えたまま傷だらけになっていた私の心にそっと絆創膏を貼ってもらったように思っています。
これから何ができるかわからないけれど、とりあえず生きてみようと思っているのはこんな1つ1つの出会いのおかげです。
これを読んでくださった方も「死なんといてください、私のお願いです。」
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