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短編小説:Love Story

日常の世界でもネットのコミュニティの中でも(それが単にすれ違っただけだとしても)新たな出会いがあり、また少しづつ距離を置き別れていく。
使い古された言い方をすれば、潮が満ちたり引いたりするようなこと、つまり人は出会いと別れを繰り返す。
なぜだかわからないがほんの些細なことがきっかけで心と心が繋がることがある。そう、本当に些細なことがきっかけとなっていつの間にか心と心が触れ合っていることに気がつく。
他人にはただの水溜まりにしか見えないが二人にとっては森の中に突然現れた湖のように感じる。同じ理由、同じタイミング、同じ沸点で二人の笑いが起こり一緒に気が付く。
普段の生活の中でそんなことは起こらない。ファンダジーやSF、昔からよくあるラブストーリーの映画の話だと決めつけ蓋を閉めてしまう。
現実の世界にファンタジーを投影するなんて馬鹿げている。いい大人のやることじゃない。
だが奇跡のような出会いがある日突然やってくることなんて有り得ないのかな。
心のどこかに眠っていた想像の世界がある目を覚まし現実として起こることはある。それがクリスマスイブの夜、小雪が散らつく街の中で起きたのならシチュエーションとしては完璧だ。
クリスマスの夜に知らない者同士が同じ時間、同じ場所に居合わせ、笑い合い、惹かれ合うということが起こる。
信じるとか信じじゃいとかの問題じゃない。クリスマス・イブにサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれると思った方が楽しいじゃないか。
素直に、繋がるファンタジー、魔法、ミラクルに身を任せてしまった方がいい。
そうだ、素直になることだ。いつから素直になることを忘れてしまったんだろう。そんな身体のどこかに眠ったままの記憶がクリスマスには呼び起こされる。

街がずいぶん華やかになった。新型コロナウイルス感染対策による行動制限がない3年ぶりの冬。
クリスマス前にしては人通りが少ないなと思っていたが、やはりイブともなればそこそこ人通りもある。
イルミネーションや大きなクリスマスツリーも華やかだ。それにしても寒い。
オレはクライアントとの打ち合わせの帰りこの景色を楽しもうと少し歩くことにした。
華やかな光で通りを彩るイルミネーション、カップル同士の幸せそうな笑顔、風に乗って聞こえてくるクリスマスソング。
口に出すのも恥ずかしい、普段はまず言わない「愛」なんてフレーズもこの時期になれば自然に感じることができる。
「今この時も世界のどこかで戦争をやってるんだ」とか「クリスチャンでもないのにクリスマスを祝うのか」とか難癖をつけてくる奴が必ずいるが、このふわふわとした空気感の中に身を任せてみることは悪くない。
今日だけちょっとぐらい立ち止まってみるのもいい。平和なのはいいことなんだよ。

特にあてがあるわけでもなくオレは光の中を歩いていたらやがて雪が降り出してオレは傘をさした。出来過ぎた演出だが全く違和感がない。
赤のままなかなか変わろうとしない交差点の信号を皆変だと思っていないようだ。これもクリスマスのせいだ。
クリスマスプレゼントを買ってもらって嬉しそうな女の子、暖かそうなベージュのコートの上に黄色いマフラーが口までかかる彼女の肩を抱く男。
いつまでも青に変わらない信号を待つ女の人。
降り始めた雪に戸惑っている様子だ。降り注いだ雪を真っ白なハンカチで拭いていた。隣にいたオレは傘をさしてあげた。その人は少し驚いた様子だったがすぐに微笑みながら優しく言った。
「ありがとう」
「どういたしまして」オレは微笑み返した。
「寒いね」「そうね」女はまた嬉しそうに微笑んだ。向かいのビルの時計台も笑ってる。
信号が青に変わりオレたちは一緒に歩き始めた。タクシーのクラクションさえ極上のBGMだ。テレビの中のサンタクロースが笑ってる。魔法がかかる時というのはこんな瞬間なのかな。特別なことじゃない、全く自然に起こる。ずっと以前からそうだったように二人は幸せだった。これからもきっとうまくいくはず。
賑やかな街の中でこの場所は二人の特別な空間。雪の粒がイルミネーションに反射してキラキラ光り始めた。
歩道の幾何学的な模様がどこまでもどこまでも続いてる。やがて遠近法の焦点で溶け合い光になって夜空の向こうに続いて行くだろう。
オレはこの人の顔が見えなくなるほどの薔薇の花束をあげようと思った。


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