短編小説:パンデミックの終焉/ヴェルベットな愛

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すでに6月半ばだが1月、つまり今年に入ってから緊急事態宣言、まん延防止等重点措置ではなかったのは3月の10日間、4月の11日間の計22日だけ。だが第一次緊急事態宣言の時のような恐怖感、絶望感、切迫感は無い。何でもそうだが最初のものが一番インパクトがある。コッポラのゴッドファーザーもそうだったし、ギターのフィードバック奏法もジミ・ヘンドリックスが一番衝撃的だった。エレクトリックのマイルス・デイヴィスもピカソのキュビズムもそうだ。つまり今まで見たことも聴いたこともないものの体験というのは、かなりの衝撃があるということだ。
書物の中で読む歴史としてのパンデミックは知っていても経験するのは初めてだ。人は得体のしれないものを前にすると最初は動揺し沈黙する。
パンデミックのような大きな災害は長く単調で淡々と進行する。人間社会の大騒ぎを横目で見ながらこの世界の上にずっととどまる果てしないウィルスの長い足踏み。その足踏みは全てを踏み潰しながら凄まじい勢いで蔓延した火のように広がってきたにもかかわらず、大きな音をたてるのでもなく物理的に何かを破壊するわけでもなく静かに、だが確実に進行する。
潮が引いたと思わせ油断させておいて直ぐに全く別のウィルスに変異し人間からエネルギーを吸い取り徹底的に破壊する。
ウィルスは静かに笑いながら人を絶望の淵に追いやる。パンデミックの不気味さはここにある。
だが一年以上続いた悪夢のようなパンデミックとの闘いももう終わりが近いのかもしれない。
それはワクチン摂取が進んできたからとか、まん延防止等重点措置も緊急事態宣言の効果が出てきたからとかそんなことではなくNANAがこう言ったからだ。
「もうすぐパンデミックは終わるね。そうあなたとの関係もね」
オレはこう言った。
「ヴェルベットな愛って知ってるか?」
「知らないわ」
NANAは少し笑いながらそう言った後に不機嫌そうに窓の外の虹を見ていた。

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