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世界4大監査法人グループKPMGが目指すファミリービジネスのイノベーション創出

はじめに

世界4大監査法人グループの1つであるKPMGが2022年新たに「ECOSYSTEM INSIGHT Powered by KPMG」と題してスタートアップエコシステムの設立に乗り出している。ファミリービジネスは「オーナー企業」「同族経営」と呼ばれる側面もあるが、日本企業の95%はファミリー企業であり国内雇用の7割を担っていることから、身近な存在でもある。しかし、これまでスタートアップとは別の文脈で語られることが多く、イノベーションのイメージとの結びつきが薄い。なぜ今、KPMGはECOSYSTEM INSIGHTの取り組みを通して、ファミリービジネスに焦点を当てているのか。今回は、KPMGジャパン大谷氏と、ファミリービジネスチームのコアメンバーである浅尾氏をお呼びし、日本のファミリービジネスがもつイノベーション創出のポテンシャルについて語っていただいた。

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プロフィール

大谷 誠(Otani Makoto)氏
KPMG コンサルティング株式会社 パートナー/ KPMGジャパン プライベートエンタープライズセクター 統轄パートナー

グローバル大手IT企業においてエンジニア・ソリューションセールス・ビジネストランスフォーメーションコンサルタント・クライアント担当パートナーなどを歴任。2013年よりKPMGに所属、2016年より米国KPMGに赴任し北米の日系企業を担当、2019年に帰国し、商社セクターを担当。2021年7月にプライベートエンタープライズセクターを立ち上げ、スタートアップとファミリービジネスの2つの領域において、KPMGグローバルのネットワークを活かしながら、クライアントの経営課題から事業戦略とその実行を支援する。特にファミリー企業においては、ファミリーと企業経営の関わりに関する特有の課題解決に取り組んでいる。
浅尾 兼平(Asao Kempei)氏
株式会社KPMG FASディレクター、ディールアドバイザリー/RSKPMGプライベートエンタープライズセクターFAS部門ファミリービジネス領域統括

日系投資会社に入社後、非上場ベンチャー企業に対する投資案件、事業承継MBO案件(エクイティ・メザニン)、特殊担保融資案件、事業再生案件(会社更生、民事再生、和議、および私的整理案件)などを担当。2004年にBig4系アドバイザリーファームに移籍後は、全国のオーナー系中堅企業向けに成長戦略、事業・財務再構築、次世代承継に関する各種支援業務に従事し、複合的なソリューション提供をリードした実績を持つ。


経営と所有とファミリーの分離が体系化された欧米企業

──今の日本におけるファミリービジネスの現状をKPMGの皆さんはどう捉えていますか?

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大谷氏:日本のファミリービジネスは、経営と所有とファミリーの3つを分離して体系化することが定着していないのが現状であると思います。ヨーロッパやアメリカを中心とした地域、またシンガポールや香港、オーストラリアにおけるファミリービジネスは、アドバイザリーやビジネススクールといった存在とともに体系立てて、ファミリービジネスをきちんと理解して形づくっています。例えば、一定の規模に成長した創業家はファミリーオフィスと呼ばれる資産管理会社をもち、築き上げた資産を後の世代に継承し、家族の持続性を維持するための仕組みがあります。ファミリーオフィスをはじめとした仕組みを用いて、欧米のグローバルのファミリービジネスでは経営と所有とファミリーの三つの分離を体系的に考えようとしています。

※補足
ファミリービジネス:創業者一族が企業経営を担っている、もしくは株式を保有している会社のことを指す。日本では一般的に「オーナー企業」「同族会社」「同族経営」などと呼ぶが、欧米では「ファミリービジネス」と呼ばれている。
ファミリーオフィス:ファミリービジネスを所有する一族の永続化を実現するために、一族の資産を管理・運用する組織。現金預金・有価証券といった有形資産だけでなく、知的財産などの無形資産も管理する。

日本のユニークさをグローバルにつなげる

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大谷氏:3者の分離という課題はありつつも、日本には世界的に有名な同族経営の企業がたくさんあります。トヨタやキッコーマンはその代表例ですし、大手の総合商社もその由来は江戸時代のファミリーに遡ることができます。創業家の事業への関わり方というのはユニークで、各国からもなぜ日本企業は強いのか注目されています。日本企業の強さを学びたいクライアントは各国にたくさんいて、我々はそこを発信していく責務を感じますね。日本のファミリービジネスの強みは、グローバルにあまり発信されていないのでないか、そこで日本のファミリービジネスとグローバルと繋がることで、新しいイノベーションが出てくるのではないかと大きな期待があります。

スタートアップ企業とファミリービジネスがお互いを知る機会を作りたい

──今回KPMGが手がけていくECOSYSTEM INSIGHTとファミリービジネスのつながりはどういったところにあるのでしょうか?

大谷氏:スタートアップ企業に関わる多くの皆さんと、ファミリービジネスの皆さんとで一度、意見交換をしたいと考えていました。一族経営の2代目3代目の次世代の方は非常にポテンシャルのある位置にいて、先代が築き上げた資産や人脈などを継承して、ダイナミックに新しい企業を起こすことが可能です。彼らにとって、資産は身近なところにあり、起業家の周りにまた新しい起業家を生み出すオーガニックな世界があるのかなと考えています。もちろん、全く関係ないところで起業していくことも、もちろん日本は資本市場や経済界が確立していて多くのサポートを得られるわけですけれども、企業を効果的に円滑に運営していくことを考えると、ファミリーの中から新しく立ち上げることのメリットも明らかにあると考えるのです。そのメリットを生かして、新しい事業を起こし、イノベーションを起こしてほしい。そこを応援したい。

ベンチャーとファミリービジネスで補完関係を築いて新たなビジネスを創り上げる

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浅尾氏:ライフサイクルやエコシステムという文脈では、日本は家族経営の企業が企業全体の98%を占めていると言われている中で、老舗の会社とこれから産声を上げるスタートアップベンチャー企業は全く別物かというと、そうではなく繋がりが必ずあると思います。
老舗会社は築いてきた有形無形のアセットを持ち、一定の知名度に業績を持ち、資金も持っている。ベンチャーの方は次世代の世界を作るような画期的な視点や技術を持っている。そこを結び付けてお互いに補完関係を築いて、新たなビジネスを作り、地域の雇用を生み出して、さらに再投資をしていく産業の再生産みたいなものがこれからどんどん起きるべきだと思っています。KPMGの方でも、アクセラレータープログラムを支援することは各地域でやっていますので、いかに様々なリソースを循環させて、地域の経済を活性化させていくのかというところに投資する取り組みというのはこれからもやっていくべきだと思っています。そのためには、お互いがお互いを理解をし合うという場が必要だと考えています。単に出会うだけではなく、お互いどんなことを考えていて、どんな特性を持っているのか、そういったものが分かる場所が必要だと思っています。

ステークホルダーからの共感も1つの鍵

──グローバルな視点からファミリービジネスのイノベーションに成功していると思う企業の共通項があればぜひ教えていただきたいです。

大谷:僕らもまだまだ研究途中ですので、語るにはすごくおこがましいように思いますが、あえて言うと2つあります。
1つは企業がどんな社会課題を解決するのかを明らかにし、それをステークホルダーに共感してもらうことです。共感されるパーパスであれば、社員の人たちも集まってきて、自社の商品・サービスを使われる意味で自分たちは何を世の中に提供できるのだろうかと考えます。パーパスがお金を儲けたいというのももちろん良いですけども、お金を得るために共感を得なければいけません。どんな社会課題を解決しているのか、あるいは社会的に必要とされているのか、どうやってみんなが熱狂してこれが欲しいと思うかを大事にしなきゃいけないというのは改めて思いますね。ただし、これはファミリーと普通の企業と変わらない要素でもあると思っています。

経営と所有とファミリーの分離は重要な成功要因

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大谷氏:もう一つが、会社の経営とファミリーと所有の3つに分けて考えることではないでしょうか。一般に企業の社員として働いている場合、企業に対して、自分は事業を実行するエージェンシーとして行動するわけですけども、そこの断面しか見てない場合は経営以外の側面に気が付きません。会社の株を買うなど、資本家側の行動することで所有の概念に気づけることはあると思います。多くの人は経営と所有については概念を持っていますが、そこに今度はファミリーという概念が関与してきたときに、どう分離して、なにが自分たちが思うような関わり方であるかを考える必要があります。欧米は20年ぐらい前からビジネススクールでコンテンツになるようなしっかりした体系化がビジネススクールを中心に進んでいたのです。日本も決して劣ることはなくて、有名な企業は代々受け継がれてきた家訓をもっていたり、家族がどう企業と関わるのか決めていたりするところもあります。欧米のビジネススクールと引けを取らないような持続性や発展を生み出す仕組みをもつ企業も日本の中にありますが、やはり家族が事業にどう関わるのかというのがきちんと整理されていることっていうのはもう一つ重要なサクセスファクターかなと思います。

伝統を守るために伝統にしがみつかない

──日本のファミリービジネスがイノベーション創出に向かう際、手放すべき思考や行動はどのようなものでしょうか?

浅尾氏:マインドセットとして必要なものでいうと、伝統を守るために伝統にしがみつかないことだと思います。コンサル業務をする中で、様々な老舗企業を見てきましたが、伝統がしがらみ化してしまうと新しいビジネス創出を生み出す風土に変えるのは難しい。先代・先々代がやっていたからとか、変えなきゃいけないと思っているのに変えられないという言葉を聞きますが、トップが変える意識を持たないと絶対に変わっていきません。これはもう断言して言えると思います。トップの意識を変えないといけない。トップが先頭を切って、次の歴史を作るために変えていくのだと。そういった言動を、イニシアチブを持ってやるということが必要だと思います。ただし、実際のところ大多数の企業はしがらみ化した伝統から離れることができない状態にいます。それを剥がしたり、背中を押したりするお手伝いを我々はさせていただいています。
大谷:そういった苦悩は、ファミリービジネス以外の企業でもありますよね。成功したその体験を捨てられないと言いますか。捨てられないことってすごく多くあって、ファミリーの場合は特に強いのかもしれないですね。

時流に合わせて変化していく

浅尾氏:本質的に、なぜ50年100年と歴史ができてきたかを考えなければいけないと思うのですよね。伝統にしがみついたのではなくて、時流に合わせて変えてきたってことだと思います。
大谷氏:ある有名な企業の3代目の方と話をした際、スリーサークルのような体系化をやってみないかと聞いてみたら、「そんなの親父に、なんて言えばいいんだよ。僕はそんなことは口出しできないよ」というようなことを言っていました。お父さんが2代目で築いて繁栄させた経営のあり方というか、家族の関わり方に、息子は口を出すような期待がされてないわけですよ。そのぐらい強いしがらみ化した伝統や過去の成功なりがあって、新しい提案を3代目がとても言える雰囲気じゃないと。これは、多くの日本の同族経営の企業で起きている事象だと思います。


最後に

──ECOSYSTEM INSIGHTとファミリービジネスのイノベーションにかける想いをお聞かせください。

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前回1月に開催したECOSYSTEM INSIGHTの様子

大谷氏:2021年3月31日(木)に開催される「ECOSYSTEM INSIGHT #3 - ファミリービジネスイノベーション 〜持続的成長に向けたファミリービジネスの飽くなき挑戦〜」では、本当に、小一時間楽しんで聞いていただければなと思います。ご登壇いただく慶応義塾大学の奥村先生も非常に準備をしていただいていますし、先生のご経験が膨大にあるので、部分を切り取りながらも脱線しながらお話くださいとお願いしています(笑)
ご参加いただく方にはこういう世界があるのか、こういう考え方あるのかと覗いてもらえればと思います。僕や奥村先生、それからQ&Aパートでは浅尾さんにも質問して、自分が引っかかる言葉を一つか二つか、考え方など何かつかんでもらえれば幸いです。
ご自身の今取り組んでらっしゃるスタートアップであるとか、新しい事業展開のヒントに必ずなると思うので、ぜひいくつかの言葉を発見してもらえればなと思っています。

浅尾氏:込める期待という意味では、KPMGがスタートアップ、ベンチャーの関係者の方々と老舗のファミリービジネスをうまく繋ぐような架け橋になれればいいなと思います。登壇いただく方々から、引っかかる言葉をいくつかでも拾って貰えれば、後に繋がっていくのかなと思います。この一時間で完結するわけでももちろんないと思いますし、KPMGとしては今回のようなファミリービジネスセッションの2回目3回目というのも視野に入れていますので、関心を持つきっかけにしていただければありがたいです。


お知らせ

日本企業の95%を占めるファミリービジネス。長年築き上げてきた伝統に加え、ファミリーと企業の関わりを体系的に整理することが定着すれば、ファミリービジネスの領域からもますますイノベーションが生み出されることでしょう。
KPMGジャパンは、Venture Café Tokyoと共同で、エコシステム共創を加速させるプログラム、「ECOSYSTEM INSIGHT」を実施しています。ECOSYSTEM INSIGHTでは、知の集合体たる「大学」と連携し、事業継承や事業変革の担い手である「ファミリービジネス」に焦点を当てています。各分野のイノベーションを担うキープレイヤーと学びの場を提供し、知の還流やネットワーキングの機会を創出することで、イノベーション・エコシステムの実現を目指します。

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Venture Café Tokyoは毎週木曜日16時-21時に「Thursday Gathering(サーズデー・ギャザリング)」をCIC Tokyo(虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー15F )で開催しています。多様なイノベーター達によるセッションやイノベーションを加速させるワークショップ等を通じて、参加者は学びを得ながら、そこで得た共体験を梃子にネットワークを拡げることが出来ます。良きイノベーションの輪を拡げることを通じて、共に世界を変えましょう。



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