ききゅう
高校生の大翔と陽菜は、ある日偶然から、自宅近くに知らない神社があるのを見つけた。 ほとんど存在を忘れられ荒れ放題になったその神社には、一風変わった身なりと権能の神様がいた・・・。
「ほな、行きますよぉ。」 陽菜はトランプの山を構えて、指をずらした。左右$${26}$$枚ずつ、計$${52}$$枚のカードがパラパラとたがい違いにおり重なり、$${1}$$つの山に…
「千坂、ようこそ文芸部へ! 君も晴れて、文芸部の部員や!!」 「残念ながら、帰宅部を辞めるつもりはないから、さっさと用件だけ言うてくれ。」 「用件? そんなん、文…
深夜。 塵劫神社の境内を懐中電灯の灯りが照らし出した。 境内の入り口の左端。真夜中だというのに、その人物は野球帽を目深に被っていた。 野球帽の人物は参道か…
「フェルマー? フェルマーって、たしか・・・。」 「昨日も名前出て来たえ。“フェルマーの小定理”ってな。」 吉栄光比売が、聞き覚えのある定理の名前を出す。大翔は…
「素因数分解?」 陽菜が小首をかしげた。 「おう。ネットで調べてみたらな、素因数分解ってめっちゃ難しいらしい。たとえば素数$${2}$$つのかけ算は割と簡単にできんね…
視界のすぐ下を、地面が目にも止まらない速さで後ろへ流れる。四つん這いのまま全力疾走でもしているかのようだ。それとも、地面スレスレを滑空でもしているのだろうか。…
大翔は自室の机に向かい、腕組みをして考え込んでいた。 机の奥の方には、お菓子棚からとってきたジャガコリと、大きめのコップになみなみとついだほうじ茶。 長考に…
「そうや、思い出した! あまりはくり返すねん!」 「うん? どういうこと?」 「見てみぃ!」 大翔はあらためて、数日前のメモを陽菜に示した。 「この前話したやろ。…
叔父の豪との電話を終えた後、大翔は筆記用具をカバンに入れ、塵劫神社へ向かった。 家から神社の入り口までは100メートルほどしかないが、大翔は周囲を警戒しなが…
「え、暗号?」 「おう。RSA暗号、言うてな。インターネットのセキュリティを支える大事な技術や。」 「え、マジで?? どういうこと?」 「なんやお前、暗号に興味あるの…
「陽菜、俺とつき合うてくれ!!」 大翔は、清水の舞台から飛びおりる覚悟で頭を下げた。すると、彼女はニンマリと笑い、 「ええよぉ。ただし、これの数学の問題をぜんぶ…
「ヨシザカエ様って、イヌ派ですか、ネコ派ですか?」 「はあ? なんえ、いきなり?」 大翔が「1人で問題をとく」と言って境内の入り口に座り込んでから、もうずいぶ…
「回答に答えだけ書くな。必ず解き方を書け。」 中学のころから、数学を担当する教師はみな口を揃えてそう言った。いや、小学校の算数ですら、似たようなことを言われた…
夜の9時すぎ。 大翔は自分の部屋で、ベッドの上にうつ伏せになっていた。胸元に引き寄せた枕にアゴを乗せ、口は半開き。手元には充電中のスマホ。 「そろそろ明日、ボ…
「なんや、食べへんのかいな?」 吉栄光比売が大翔に言った。 「いやだから、俺甘いのん苦手なんすよ。果物とか特に。」 彼が手に持っている菓子は、陽菜イチオシの、…
次の数字を $${11}$$ でわったあまりを求めよ: 「大翔〜。この前の数学の小テスト、何点やった?」 「・・・51・・・。」 「そうか〜。51かぁ。・・・私、39・・・…
2024年10月6日 15:42
「ほな、行きますよぉ。」 陽菜はトランプの山を構えて、指をずらした。左右$${26}$$枚ずつ、計$${52}$$枚のカードがパラパラとたがい違いにおり重なり、$${1}$$つの山に戻った。「ほーお! 器用なもんや!」「えへへ・・・。」 吉栄光比売にほめられ、彼女はてれ笑いした。 月曜日の夕方、陽菜は1人で塵劫神社をおとずれていた。大翔は宿題を忘れて、放課後居残りである。 吉栄光比
2024年9月29日 15:27
「千坂、ようこそ文芸部へ! 君も晴れて、文芸部の部員や!!」「残念ながら、帰宅部を辞めるつもりはないから、さっさと用件だけ言うてくれ。」「用件? そんなん、文芸部への勧誘に決まってるやろ。」「帰宅部を辞めるつもりはない、言うてんねん。」 週が明けた月曜日の昼休み。 大翔は昼食をさっさと終えて、uPadでネットの記事を読みあさっていた。普段なら、好きなオンラインゲームの攻略サイトやマンガ
2024年9月8日 12:53
深夜。 塵劫神社の境内を懐中電灯の灯りが照らし出した。 境内の入り口の左端。真夜中だというのに、その人物は野球帽を目深に被っていた。 野球帽の人物は参道からすぐに離れ、絵馬殿へまっすぐ向かう。 懐中電灯をすこし持ち上げると、下から2段目の同じ吊り金具に3枚、絵馬がかけられている。もっとも手前にかけられた絵馬には、新しい謎かけが書かれていた。次の数を素因数分解せよ$${4326528
2024年9月1日 16:43
「フェルマー? フェルマーって、たしか・・・。」「昨日も名前出て来たえ。“フェルマーの小定理”ってな。」 吉栄光比売が、聞き覚えのある定理の名前を出す。大翔は思わず、数学徒Xからの絵馬を見た。そこに書かれている“$${2^{2024}}$$を$${13}$$でわったあまり”を求める問題で、昨日お世話になった定理だ。大翔が考えた返事の問題はあまりを求めるものではないので、フェルマーは大翔の中では
2024年8月25日 15:15
「素因数分解?」 陽菜が小首をかしげた。「おう。ネットで調べてみたらな、素因数分解ってめっちゃ難しいらしい。たとえば素数$${2}$$つのかけ算は割と簡単にできんねんけど、逆にそれを分解しようとすると、数字のデカさによってはコンピューターでもごっつい時間かかるんやと。」「まあ確かに、見た感じすごくメンドくさそうではあるけど・・・。」 陽菜は、大翔が持って来た絵馬をしげしげと眺めた。次の
2024年8月11日 16:18
視界のすぐ下を、地面が目にも止まらない速さで後ろへ流れる。四つん這いのまま全力疾走でもしているかのようだ。それとも、地面スレスレを滑空でもしているのだろうか。 ・・・いや、これはやはり地面を走っている。なぜなら、周りの風景が小刻みにゆれているから。 小刻みにゆれながらも、視界の主は走っているその先にあるものを見すえて離さない。 視界の真ん中には、一頭の牡鹿。足元にある何かを夢中で食べてい
2024年8月4日 20:06
大翔は自室の机に向かい、腕組みをして考え込んでいた。 机の奥の方には、お菓子棚からとってきたジャガコリと、大きめのコップになみなみとついだほうじ茶。 長考にそなえた兵糧に囲われるようにして、彼の目の前には真新しい絵馬が2枚と、数時間前に彼がほぼ独力で解答した数学徒X からの宿題がならんでいた。 大翔と陽菜が2、3日悩んでいたその宿題は、吉栄光比売にきっかけをあたえられるやいなや、あまりに
2024年7月28日 14:57
「そうや、思い出した! あまりはくり返すねん!」「うん? どういうこと?」「見てみぃ!」 大翔はあらためて、数日前のメモを陽菜に示した。「この前話したやろ。$${10}$$のナントカ乗を$${7}$$でわったあまりって、$${6}$$乗するごとに1周するねん。」「てことは、やで? $${\textbf{2}}$$のナントカ乗も一緒ちゃうんか? $${2^{12}}$$を$${13}$$
2024年7月21日 15:08
叔父の豪との電話を終えた後、大翔は筆記用具をカバンに入れ、塵劫神社へ向かった。 家から神社の入り口までは100メートルほどしかないが、大翔は周囲を警戒しながらそこを歩いた。数日前に来たときは夕暮れ時で人目もなかったが、今は土曜の真っ昼間である。下手をすると、神社に入るところを誰かに見られるかもしれない。「ちょっと、千坂さん? おたくの坊ちゃん、誰の家かもわからない茂みに勝手に入って行きまして
2024年7月7日 15:08
「え、暗号?」「おう。RSA暗号、言うてな。インターネットのセキュリティを支える大事な技術や。」「え、マジで?? どういうこと?」「なんやお前、暗号に興味あるのんか?」「うん、ちょっと。」 大翔が最初に“暗号”という言葉と概念を知ったのは、幼い頃に見た何かの映画だった。タイトルはまったく覚えていないが、ニヒルなスパイが活躍するストーリーで、クライマックスで暗号を解読するシーンが出てきた
2024年6月30日 15:52
「陽菜、俺とつき合うてくれ!!」 大翔は、清水の舞台から飛びおりる覚悟で頭を下げた。すると、彼女はニンマリと笑い、「ええよぉ。ただし、これの数学の問題をぜんぶ解けたらな?」と、2冊の本を渡してきた。どこかで見たことのある、ペーパーバックの分厚い赤いデザイン。 その表紙には、「京都大学 理系」、「東京大学 理科」と書かれていた。 ビクンとはねるようにして目を覚ますと、外はまだ真っ暗だった
2024年6月9日 15:20
「ヨシザカエ様って、イヌ派ですか、ネコ派ですか?」「はあ? なんえ、いきなり?」 大翔が「1人で問題をとく」と言って境内の入り口に座り込んでから、もうずいぶんたつ。神社に来た時は、夕焼けであたりいちめん朱色だったのに、今はだいぶむらさき色になってきている。 幼ななじみは、ときどき消しゴムや新しいルーズリーフをとり出したり、シャーペンの芯をかえたりしてはいるが、腰を上げる様子はまったくない。
2024年5月28日 15:15
「回答に答えだけ書くな。必ず解き方を書け。」 中学のころから、数学を担当する教師はみな口を揃えてそう言った。いや、小学校の算数ですら、似たようなことを言われたような気がする。 それを聞いた時は、大翔にはその理由がわからなかったが、今なら理解できる。$${2}$$ 絵馬の真ん中に放り出すように書き殴られた“答え”。 解き方などどこにも書かれていない。はたしてこれが、ちゃんと解いて書い
2024年5月19日 16:27
夜の9時すぎ。 大翔は自分の部屋で、ベッドの上にうつ伏せになっていた。胸元に引き寄せた枕にアゴを乗せ、口は半開き。手元には充電中のスマホ。「そろそろ明日、ボス討伐行こうぜ。9時集合な。」 最近ハマっているオンラインゲームのグループで、昨日、そんな約束が交わされた。 だがいざ集まってみると、メンバーのテンションはいずれも異様に低かった。- はあ、なんでか全然やる気出ないわー- 俺も 今
2024年5月12日 13:21
「なんや、食べへんのかいな?」 吉栄光比売が大翔に言った。「いやだから、俺甘いのん苦手なんすよ。果物とか特に。」 彼が手に持っている菓子は、陽菜イチオシの、アテナ製菓のハムスター・フルーツ大福。普通の大福のあんこもだめなのに、中身がフルーツときては、ますます無理である。中にどんなフルーツが入っているかは「食べてみてのお楽しみ」らしいが、食べて何が出てこようが同じである。 対照的に、陽菜は満
2023年12月29日 12:54
次の数字を $${11}$$ でわったあまりを求めよ:「大翔〜。この前の数学の小テスト、何点やった?」「・・・51・・・。」「そうか〜。51かぁ。・・・私、39・・・。」「悪っ。」「ふええ・・・。」「いや、つっこめよ。『お前も大して変わらへんやんけ』って。」「50超えとるだけでもええやん・・・。もう、数学嫌いや・・・。」 そう言って陽菜がふさぎ込んでいたのは、先月終わりのことだ