第3話 最初の算額
次の数字を $${11}$$ でわったあまりを求めよ:
「大翔〜。この前の数学の小テスト、何点やった?」
「・・・51・・・。」
「そうか〜。51かぁ。・・・私、39・・・。」
「悪っ。」
「ふええ・・・。」
「いや、つっこめよ。『お前も大して変わらへんやんけ』って。」
「50超えとるだけでもええやん・・・。もう、数学嫌いや・・・。」
そう言って陽菜がふさぎ込んでいたのは、先月終わりのことだった。その彼女は今、酔狂な女神の餌に釣られて、熱心に算数の問題に取り組んでいる。
一方、スイーツに興味がない大翔は、算数の問題などまったくやる気になれなかった。だが陽菜が熱中しているのに、1人だけ帰るのも癪だった。
だからと言って、妙案があるわけでもない。彼は悩んだ末、とりあえず思いついたことを口にしてみた。
「電卓もアカン、手計算も無謀なんやったら、なんかしらの公式使わなあかんのちゃうか?」
「公式?」
「そう。それ使うと、簡単な計算だけでパパッと問題が解けるようなヤツ。」
「・・・。そんな都合のええ公式あったっけ?」
「いや俺も全然覚えてないけど・・・。」
彼は再びスマホを取り出し、ネットブラウザを開こうとした。途端、吉栄光比売が彼の手を手刀ではじいた。
「痛ったあ!! 何すんですか?!」
「たわけ。ねっとで調べるぐらいなら、関数電卓を使うたらええやろが。その公式とやらも自力で導かんかい。」
「そんなムチャな!!」
「それでもまあ、着眼点は悪うない。たしかにそういうモンは必要になる。で、どうなんや? なんか少しでも関係ありそうな公式は知らんのかえ?」
大翔は腕組みして考え込んだ。公式と言われて思い出すのは $${2}$$ 次方程式の解の公式だが、この問題とはどう考えても関係なさそうである。というか、そもそも解の公式を覚えていない。
「あ。わり算ができるかどうか調べるための公式はあったような・・・。」
「たとえば?」
「たとえば、偶数は全部 $${2}$$ でわれるやん? あと、$${1}$$ の位が $${0}$$ か $${5}$$ やったら $${5}$$ でわれる、とか。」
「それ、小学校でやるヤツやん。$${11}$$ のバージョンなんてあったっけ?」
「そやから俺も知らんけど! あ、でも $${3}$$ のバージョンは中3の時に聞いた気がするぞ?」
「え、どんなん?」
「ちょっと待てよ? ええっとたしか、『すべての位の数字の合計値が $${\textbf{3}}$$ でわれたら、その数字は $${\textbf{3}}$$ の倍数』、てヤツや。」
「・・・どゆこと?」
「たとえばやな・・・。」
大翔は陽菜から絵馬を受け取った。
「この数字の場合、いきなり $${3}$$ でわるんやなくて、"$${7 + 3 + 0 + 8 + ...}$$" を計算すんねん。ほんで、それが $${3}$$ でわれたら最初の数字も $${3}$$ でわれる、いう話や。」
「・・・それ、ほんま? 今までぜんぜん気づかへんかったけど?」
「試してみりゃええやん。ええと・・・。」
大翔は手頃な棒を拾うと、地面に九九の $${3}$$ の段の一部を書き出した。
「! ほんまや、ちゃんと $${3}$$ の倍数になってる!」
「ほかの段も試してみるか? とりあえず、$${5}$$ の段にするか。」
「$${15}$$ と $${30}$$ と $${45}$$ は "OK" になっとるけど、$${5}$$ に $${3}$$ とか $${6}$$ かけたんやから、まあ当たり前やな。」
「・・・ほかの段は?」
「いやいや、全部しらみつぶしに調べてたらキリないやんけ。ほかもたぶん大丈夫やろ。」
「そんなん、やってみな分からへんやん。」
「まあまあ・・・。」
ずっと横で聞いていた吉栄光比売が陽菜を制止した。
「両者、ごもっとも。一部を調べるだけでは不十分や、例外があるかも分からんからな。かと言って、全部調べ上げるんはそもそも不可能や。数字は無限にあるからな。そやから“証明”がいるんや。おぬしらの大好きな“証明”がな。」
「・・・証明、大っ嫌いです・・・。」
「ははは、さよか。」
数学の一番大事なところを大嫌いと言われたのに、女神はケラケラと笑っている。
「その公式を思い出せたんは、なかなかに良い。目標は $${\textbf{11}}$$ でわったあまりやが、その公式はええとっかかりになる。ただ、今のその内容ではもの足らんな。」
「へ? なんでですか?」
「今の公式、もう一度言うてみぃ。」
「えーと、
『すべての位の数字の合計値が $${\textbf{3}}$$ でわれたら、その数字は $${\textbf{3}}$$ の倍数』
・・・です。」
「ほな、合計値が $${\textbf{3}}$$ でわれへんかったらどうする?」
「へ? ええっと・・・?」
吉栄光比売の問いに2人はつまった。
「そりゃあ、やっぱ『$${3}$$ の倍数ではない』で終いちゃうんですか?」
「それは二重の意味であかん。まずその公式は、問題の数字が $${3}$$ の倍数であることの十分条件を言っとるだけで・・・。あ・・・。」
“十分条件”と言った瞬間に、大翔と陽菜の目がバツになった。ついでに、口もバツになっている。
「んー。ほなまあ、ええわ。合計値が $${\textbf{3}}$$ でわれへんかったら、$${\textbf{3}}$$ の倍数でないとしよう。それで? 肝心のあまりは分かるんかえ?」
「・・・。それは・・・、分からんす。」
大翔は面倒になり、すぐに白旗を上げてしまった。
だが陽菜が、地面に並んだ $${5}$$ の段を見返しながら口を開いた。
「なあ。これ、合計値を $${3}$$ でわったあまりって、そのまま元の数字をわったあまりになってへん?」
「おん?」
彼女は地面の数式を書き直した。
「ほら。合計値を $${3}$$ でわったあまりと、元の数字を $${3}$$ でわったあまり、一緒やん。」
「・・・。確かに・・・。」
「もっと大きい数の場合はやってへんけど、たぶん・・・。」
陽菜が遠慮がちに吉栄光比売の方を見た。
吉栄光比売は少し考えて、うなずいた。
「ふむ。数学的には甚だ不満足やが、ええということにしようか。要は、『各桁の数字を合計して、$${\textbf{3}}$$ でわったあまりを求めればよい』いうことや。」
「なるほど。で、これがヒントってことは、$${11}$$ にも似たような公式がある、いうことですか?」
「まあ、そう話を急ぐな。実はこういうのもある。」
そう言って吉栄光比売は、ふところから別の絵馬を取り出した。それには次のような問題が書かれていた。
次の数字を $${3}$$ でわったあまりを求めよ:
「先週、奉納された最初の絵馬や。筆跡も同じやし、たぶん同じヤツやろ。試しに、さっきの公式でこの問題を解いてみぃ?」
「おお! さっきの公式が正しいんならできるで! えっと・・・。ええっと・・・。」
「・・・やってみぃな。数字、$${100}$$ 個、たし算。やってみぃな。電卓使たらあかんよ?」
陽菜がジト目で大翔を見た。
「うーん・・・。」
大翔はうなった。吉栄光比売に公式を補強してもらったおかげで、そのまま問題も解けるような気分になっていたが、いざとなると使い方がまったく分からなかった。
「無理して全部たさんでもええんちゃうか?」
吉栄光比売がボソッとつぶやいた。大翔は目をしばたいた。
「へ? どういうこと?」
女神は答えず、スンと目をそらせてしまった。どうやら、そこから先は自分で考えないといけないらしい。
「少なくとも、$${0}$$ はたさんでええんちゃう?」
陽菜が先週分の絵馬を見ながら言った。
「ん? そらまあ、そうやろな。」
「それとぉ、最初の数字、$${3}$$ やん? これ、ほんまにたさなあかん?」
陽菜の予想外の指摘に面食らった大翔は、無意識に吉栄光比売の方を見た。彼女はニヤニヤしながら陽菜の方を見ている。どうやら、陽菜の指摘は核心をついているらしい。
「まあ待て、落ち着け。つまり・・・、どういうことや?」
「ええっと・・・。なんて言うたらええのかなぁ。今知りたいのんて、数字 $${100}$$ 個の合計を $${3}$$ でわったあまりやん? $${3}$$ をたしてもたさんでも、結果は一緒ちゃうの?」
「なんで?」
「ええっと・・・。わり算のあまりって、くくりきれへんかったあまりモンやん?」
「???」
陽菜はひどくもどかしそうな顔をして、髪をグシャグシャと引っ掻き回した。自分の言いたいことをうまく言葉にできないようだ。
それを見かねたのか、吉栄光比売が指をくわえてピーッと笛を鳴らした。すると境内のしげみというしげみから、野球ボール大の白い綿毛のような生き物が大量にかけよってきた。
「うわ、なんや!? マッシ○シ○スケ?!」
「!! ケサランパサランや!! 初めて見た! めっちゃカワイイ!」
「ケサランパサラン?!」
パニックになっている大翔をよそに、陽菜はケサランパサランを1匹両手にすくい上げ、しげしげと見つめた。彼女の手の上のケサランパサランは、つぶらな瞳を彼女に向けてしばたたかせた。
「あかん・・・。スイーツが食べられて、ケサランパサランに囲まれるやなんて・・・。もう、ここに住みたい・・・。」
もはや陽菜の顔は完全にとろけている。
「すんません。こいつらいったいナニモンですか?」
スライムと化した陽菜を放置し、大翔は吉栄光比売に聞いた。
「ケサランパサランや。そういう姿の、ある種の妖怪や。」
「初めて聞きましたけど・・・。」
「たまに、まんがやらあにめやらに出てくるらしいな。わらわは見たことないが。おい、陽菜!」
突然呼ばれて、陽菜は慌てて振り向いた。
「いつまでトロけてんねん? 説明の途中やろ。そいつら貸したる。適当に使て説明してみぃ。」
「あ、はい!」
陽菜は少し考えて、ケサランパサランに指示を出し始めた。ケサランパサランが彼女の指示に従って群れを作っていく。彼女は枝でいくつか印をつけながら説明した。
「それで・・・。」
陽菜はさらに $${6}$$ 匹を群に加えた。
「な? $${3}$$ でわったあまり知りたいだけやったら、$${3}$$ の倍数はたさんでもええんよ。」
「・・・。確かに。」
大翔はまた無意識のうちに、吉栄光比売の方をうかがった。彼女は満足げにうなずいている。どうやら正解のようだ。
「・・・・・・。」
「どしたん?」
「なんでもあらへん。えーとほな、さっきの問題はどうなるかっちゅうと?」
大翔は絵馬の問題を地面に書き写し、$${3}$$ の倍数と $${0}$$ にバツをつけていった。
「結構消えるなぁ・・・。もうこれ以上は無理か?」
「まだ行けるって。$${2}$$ つか $${3}$$ つ組で $${3}$$ の倍数になるヤツも消したらええやん。」
「お、おおう。・・・そやな。」
大翔はさらに、複数たし合わせて $${3}$$ の倍数になるものを消していった。
「うお。だいぶ消えたぞ。残ってるやつも行けるか。」
「よっしゃ! 数字 $${1}$$ 個だけ残りよったぞ! $${5}$$ か。ほな $${3}$$ でわって、あまり $${2}$$ やな。よっしゃ先生! あまり $${2}$$ です!」
吉栄光比売は再び満足げにうなずいた。
「正解や。」
2人はほっと息をついた。
「とりあえず、まずは先週分の絵馬が解けたな。おぬしら、覚えてるか? 目標はそこちゃうで?」
吉栄光比売はニヤニヤ笑いながら、別の絵馬を見せた。
次の数字を $${11}$$ でわったあまりを求めよ:
「いやいや・・・、先生。さすがに、$${11}$$ のバージョンの公式はまったく知らんですよ・・・。」
大翔が遠慮がちに抗議した。
「そやさかい、言うたやろ? $${3}$$ の公式はあくまでもとっかかりや、て。それを参考に、$${11}$$ の公式を導き出してみなはれ。」
「・・・。それって $${3}$$ の公式証明するのと、結局ほとんど一緒ちゃうんですか・・・?」
「ええ勘してるなぁ、陽菜。$${3}$$ の公式がなんで正しいか分からんと、 $${11}$$ の公式は出せへんよ。」
大翔はあんぐりと口を開けたまま、先週分の絵馬を取り落とした。陽菜はショックのあまり、天を仰いだ。仰いだその先に天の神様がいるなら祈りもしようが、困ったことに、当の神様は目の前で意地の悪い笑みを浮かべているのであった。
3人は気づかなかったが、大翔が絵馬を落とした時、書かれていた文字が数秒間だけ黄緑色に光った。
To Be Continued…
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