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第7話 問題を出したからには答えられなきゃウソだよね? 後編

「ヨシザカエ様って、イヌ派ですか、ネコ派ですか?」
「はあ? なんえ、いきなり?」

 大翔が「1人で問題をとく」と言って境内の入り口に座り込んでから、もうずいぶんたつ。神社に来た時は、夕焼けであたりいちめん朱色だったのに、今はだいぶむらさき色になってきている。
 幼ななじみは、ときどき消しゴムや新しいルーズリーフをとり出したり、シャーペンの芯をかえたりしてはいるが、腰を上げる様子はまったくない。
 最初はそんな彼を見まもりつつ、陽菜はまわりのケサランパサランにちょっかいを出したりしてあそんでいた。でも、ずっとそれだけだとさすがにつまらないし、なにより、となりに神様が座っているのに会話がないのは、ちょっと気まずい。
 せっかくなのでなにか会話を、と思ってはみたが、さてなにを話したものか。
 きのう見たドラマや、最近ハマっているスマホゲームの話? いや、吉栄光比売はそんなもの知らないだろうし、興味もないだろう。
 恋バナ? それも、きのう会ったばかりの相手にする話ではないだろう。それに、自分から話せることが何もない。
 友達の話をしようにも、友達とはだいたいはのんびりと話をしているだけで、良くも悪くもトラブルめいたことは起きていない。やはり、話すことがない。
 ならペットの話は? いやいや、自分の家ではペットを飼っていないし・・・。じゃあ、動物の話なら? そうだ、これだ!!
 こうして冒頭の会話になったのだが、吉栄光比売には首をかしげられてしまった。
「えっと・・・、ちょっと気になって・・・。」
「? ケッタイな子ぉやなぁ。ほんでなに? イヌかネコか、やて? ・・・まあ、キツネをでることはあるし、そういう意味では犬かいなぁ。」
 キツネだったらなぜイヌになるのかピンと来なかったが、気にせず続ける。
「この神社、キツネもくるんですか?」
「野性のヤツもきよるし、お稲荷いなりさんからの使いもくるよ。数学がらみの願い事たずさえてな。」
「お稲荷さんも、やっぱりヨシザカエ様にたよるんですねぇ。すごい。」
「まあ、あちらさんは穀物の神やしな。おかどが違うわさ。」
 陽菜がおだてても、吉栄光比売はたんたんとしている。やはり数学、というより理系の神様ヒトはドライということなのだろうか。もし化学や生物学の神様がいたら、やっぱりドライなのかもしれない。
「ただ、キツネもそうやが、塵劫神社ここにはもう少しネコっぽい・・・・・ヤツもおるしな。やっぱり、わらわは特にどっち、いうこともないよ。」
「? ノラネコでもくるんですか?」
「いいや。もっとイカついヤツや。」
「ひょっとして、ヤマネコ?」
「もっとや。」
「???」
 “ネコっぽい”動物で、ヤマネコよりイカついヤツ? ライオンでもいるのだろうか?
「あんたはどうなんや? イヌとネコと、どっちがええねん?」
「わたしですか? んー、どっちかっていうとネコかなぁ。」
「・・・・・・。理由は?」
「え・・・。そんなことも証明せなあかんのんですかぁ?」
「あんた、わらわをなんやと思うてんねん?」
「数学の神様です。」
「・・・まぁ、せやな。いや、そこまで堅いことは言わへんよ。どういう時にネコがええと思うかだけ言うてくれたらええんや。」
「んー。なんて言うか、ネコの方がのんびりしてる感じがして、好きです・・・。」
「・・・・・・。そんだけかえ?」
「・・・・・・。それだけです・・・。ダメなんです?」
「いや、ええけれども・・・。」
 吉栄光比売が少しあきれたふうにする。
「あんた、おなごにしては口数が少ないなぁ。普段、友人とがあるずとおく・・・・・・・いうヤツせえへんのかえ?」
「わたし、だいたいは聞き役やし・・・。ていうか、ヨシザカエ様も口数少ないやないですか。人のこと言えませんよぉ?」
「うーん。わらわはそもそも、他の神たにんとめったに話せえへんしなぁ。」
「男のひととも、ですか?」
 きのうもさっきも、「男いうんは・・・」などと大きな主語を言っていた。いかにも男の知り合いが多いかのような言い方である。
「せえへんよ。女に輪かけてうっとうしいさかい、極力せん。」
 それだけ言って話が終わってしまった。やはり、ガールズトークが下手なのは吉栄光比売も同じのようだ。陽菜の友達なら、いちど彼氏や家族の文句を言いはじめたら、そう簡単には止まらない。
「あんたこそ、どうなんや? ちょっとは・・・お?」

 なにかを言いかけて、吉栄光比売が視線をよそへ向ける。その視線の先、境内の入り口で大翔が立ち上がり、尻についた土をはたき落としている。
 地面においていたルーズリーフ数枚をとり上げると、こちらに向かって歩き出した・・・のだが、その歩みはノロノロとして頼りない。少しばかり、フラついてすらいるようだ。さほど広くない境内をゆっくりと歩き終えると、持っていた紙を吉栄光比売にゆっくりと差し出した。
「先生・・・。できました・・・。あまり $${2}$$ で間違いないです・・・。」
 吉栄光比売は紙を受けとると、“解答”をひとめ見て顔をしかめた。
「お主、もうちょっとキレイに書かんかいな。どこになにが書いてあるか、さっぱりわからへんえ?」
「サーセン・・・。いや、すみません・・・。」
 大翔の言葉にはまったく力がこもっていない。
「あと、なんでこんなに薄黒く汚れてんねん? なんや、ケッタイな臭いもするし・・・。」
「あ・・・。それたぶんワックスっす。途中、めっちゃ頭引っかきながら計算したんで・・・。」
 なるほど、いつもはビシッとキメている彼のマッシュヘアーは、今はクシャクシャになっていた。よほど計算に苦労したのだろう。
「なんか・・・、ゴメン・・・。」
 陽菜がモソモソとあやまる。
「おう、かみしめろ。このあと出てくるスイーツを、五臓六腑ごぞうろっぷに染みわたらせろ。」
「ゴゾ・・・、なに?」
「・・・いや、ええわ。先生。」
「うん?」
「俺もちょっと、甘いもんが欲しいっす。下の自販機で飲みモン買うてきてええですか?」
「ああ、ええよ。行って来なはれ。」
「うっす。」
 彼は入り口の方へ向き直ると、ふと思い出したように、コートや制服のズボンをばたばたとはたいた。「土は全部はらい落としたのでは?」と思っていると、地面にバラバラと消しゴムのカスが落ちた。いや、カスだけではない。割れてくだけた消しゴムのカケラもまじっている。
「そういうことは、せめて参道から外れたところでやりんかいな、まったく・・・。」
 彼が行ってしまうと、吉栄光比売は独り言のように言いながら、指をパチンと鳴らした。とたん、まわりにいたケサランパサランが参道に集まり、ゴミ拾いを始めた。
 吉栄光比売が持っているルーズリーフを横からのぞいてみる。
 最初の方は消しゴムで間違えたところを消しながら計算しているが、途中からシャーペンで雑に塗りつぶすだけになっていた。消しゴムが割れて使えなくなったのか、それとも単に面倒になったのか。
「合うてるんですか、それ?」
 陽菜の問いかけに対し、紙を見くらべて少し考えてから、女神が答えた。
「ん。一応、合うてる。」
 彼女は陽菜にルーズリーフを渡してきた。
「・・・? これ、一体なにやってるんですか??」
 書き方の乱雑さは別にしても、そもそもなんの計算をやっているのか、パッと見ただけではわからない。
「昨日の、$${11}$$ の倍数の公式は覚えてるかえ?」
「$${11}$$! えっと・・・たしか、もとの数字を $${2}$$ ケタごとにバラバラにしたのを全部たして、さらに $${11}$$ でわったあまりを求めたらええんですよね?」
「ん。$${7}$$ の場合、$${2}$$ ケタごとやなくて、$${\textbf{6}}$$ ケタごとにやるんや。」
「$${6}$$ ケタ?!」
 ルーズリーフ3枚の表裏は、ほとんどがたし算のひっ算で埋められている。それも、$${6}$$ ケタのたし算。どこから出てきた数字なのかと思ったが、なるほどよく見れば、最初の $${100}$$ ケタの数をバラバラにして、順々にたしていっているようだった。

 しかし、$${6}$$ ケタどうしのたし算だ。
 最初の1、2回ならなんとか計算できても、それ以上だと集中できなくなってきて、あちこちで計算間違いしてしまう。事実、手元の計算にもミスや写し間違いがあった。大翔の疲労ぶりにも納得できる。
「なんていうか・・・。公式、言うてもあんまり便利な感じしーひんなぁ・・・。」
「さっきも言うたが、あくまでも公式のようなもの、や。決して使い勝手は良うない。そのまま使ても正しく計算できる可能性は低いわさ。」
「きのうの問題出してきた人、ホンマにこのやり方で計算したんですか? これやと、やっぱりあんなせまい場所じゃ計算できひんと思うんですけど・・・。」
 陽菜は絵馬殿の方をチラッと見た。計算に使えそうなのは、絵馬殿の前の、せいぜい両腕をひろげたぐらいのスペースだろう。地面に棒で字を書いたらだいぶ大きくなるだろうし、とてもこの計算をできるとは思えない。
「これ以外にも一工夫はしてるやろな。陽菜、気ぃついたか?」
「?」
 吉栄光比売はおもむろに手を伸ばし、一番最後のたし算を示した。ここまでくると、くり上がりのせいで $${7}$$ ケタと $${6}$$ ケタのたし算になっていた。
 ・・・が。
「あれ? アタマ $${3}$$ ケタ、たしてなくないですか?」

$$
\begin{equation*}
\begin{split}
5820196& \\
\underline{+\ \ \ \cancel{7}\cancel{49}194}& \\
5820390
\end{split}
\end{equation*}
$$

問題の $${100}$$ ケタの数字の下 $${6}$$ ケタをとり出してきたと思われる $${749194}$$ のうち、$${7}$$ と $${49}$$ になぜか斜線が引かれている。そして結果を見ると、明らかにその $${3}$$ ケタはたし算されていない。
 だが直後のわり算は、見た感じ、正しそうである。

$$
\begin{equation*}
\begin{split}
5820390\div7=831484\ \cdots\ 2
\end{split}
\end{equation*}
$$

「??? これ、ホンマに合うてます? “公式”と違うことやってません?」
「ふうん。わからへんかえ? あんたも昨日、同じことやってたんえ?」
「へ?」
「お前、絵描かんかったら、やっぱ全然わからんなるんやな。」
 きゅうに大翔が会話に入ってきて、陽菜はあわてて振り返った。彼は、入り口から回収してきた荷物をだるそうに参道に下ろすと、買ってきたばかりのペットボトルのコーラをゴクゴク飲みはじめた。
「『絵描かんかったら』ってどういうこと?」
 陽菜が首をかしげると、大翔はなにも言わずにコートのポケットに手を突っ込み、折りたたまれたルーズリーフの束をひろげた。
 きのうのメモ書きである。
 彼はそれを陽菜にわたし、絵の1つを示した。

「えっと・・・。これなんやったっけ?」
「$${11}$$ のわり算するときのヤツや。たとえば、$${64}$$ をそのままたすんは計算大変やから、そこからさらに、できるだけ $${11}$$ のセットを取ってまえ、いう話や。」
 左側の絵は、大翔が $${64}$$ の数字を、落ちゲーのブロックにたとえて絵に描いたものだ。右側の絵は、同じ数字をケサランパサランのむれの絵に描き直したものである。$${11}$$ でわったあまりを知りたいなら、$${11}$$ でくくったセットはとりのぞいて考えればよい。
「うん・・・、うん。思い出した。・・・で、この最後の計算もそうなん?」

$$
\begin{equation*}
\begin{split}5820196& \\
\underline{+\ \ \ \cancel{7}\cancel{49}194}& \\
5820390
\end{split}
\end{equation*}
$$

「同じや。」
 あっさり答えると、大翔は陽菜と吉栄光比売のあいだに座り、陽菜からルーズリーフを受けとった。
「こんなデカい数、絵にはよう描かんから式で書くけど・・・。」

$$
\begin{equation*}
\begin{split}
749194&=700000+49194 \\
&=700000+49000+194
\end{split}
\end{equation*}
$$

「$${700000}$$ も $${49000}$$ も、明らかに“$${7}$$ のセット”やろ。どうせあまりには関係ないねんから、たさんでええ。」
 紙をふたたび陽菜にわたすと、彼はまたコーラをグビっといった。500ミリリットル入りの炭酸飲料なのに、もう残りわずかだ。
「はあー! おー! なるほど!」
 言われてみれば、単純な話である。
 わる数のセットをできるだけとりのぞいていく。
 自分がケサランパサランのむれで説明したのと同じようなことが、数式で表されているのが不思議な感覚だった。
「あれ? でも、このやり方が正しいんやったら、なんで他ではやらへんかったん? もっと最初からやれたん違うのん?」
 最後のたし算をするまでに、$${6, 7}$$ ケタのたし算を $${10}$$ 回以上もやっている。ざっと見たところ、同じような“とりのぞき”はそれらではやっていないようである。
 陽菜に言われると、大翔は彼女から少し目をそらした。
「・・・・・・。一番最後になって、気ぃついた・・・。」
 拍子抜けして、陽菜は思わずルーズリーフをとり落としてしまった。あたりに10枚近い紙が散らばる。
「なんやぁ。すごいなぁ、て思たのに。」
「うっさいなぁ。とけたんやからええやろ。」
 陽菜は参道に降りると、散らばったルーズリーフを集めはじめた。2枚ほど、拝殿の縁の下に入りこんでしまっていたが、ケサランパサランがとってきてくれた。それを受けとりながら、彼女は吉栄光比売に言った。
「でもこの方法使うたんなら、たしかに絵馬かけるところのスペースでもできそうですね。$${6}$$ ケタの数が $${3}$$ ケタになったりするんやったら・・・。」
「いやいや。さすがに $${6}$$ ケタの数全部が $${3}$$ ケタに落とせる・・・・わけやあらへんよ。少なくとも、大翔がやってるようなやり方ではな。本気でたし算の労力を減らしたかったら、もっとムリヤリな・・・・・落とし方もせなあかん。」
「ムリヤリ?」
「たとえば、こんな感じや。」

$$
\begin{equation*}
\begin{split}
987654&=700000+287654\ \ \ (900000\text{から}700000\text{を\textbf{ムリヤリ}とりのぞく}) \\
&=700000+280000+7654\ \ \ (280000\text{をとりのぞく}) \\
&=700000+280000+7000+654\ \ \ (7000\text{をとりのぞく}) \\
&=700000+280000+7000+630+24\ \ \ (650\text{から}630\text{を\textbf{ムリヤリ}とりのぞく}) \\
&=700000+280000+7000+630+21+3\ \ \ (24\text{から}21\text{を\textbf{ムリヤリ}とりのぞく})
\end{split}
\end{equation*}
$$

「よって、あまりは $${3}$$ 、となる。」
「たしかに・・・ムリヤリっすね。」
「なんかあんまり、『すごい!』っていう感じやないんですけど・・・。」
「そら、そやろなぁ。これ要するに、あんたやらが小学校の時に習うた、わり算のひっ算とほとんど同じことをしてんねん。」
 女神はあっさりと言った。
「ええ?!」
「なんすか、そりゃ! たし算のひっ算より高級なことしてません?!」
「まあな。ただ、$${6}$$ ケタ同士のたし算くり返すのと、$${6}$$ ケタわる $${1}$$ ケタのわり算のくり返し。難しさで言えばええ勝負と違うか?」
「えええ・・・。じゃあ、例の絵馬の問題出してきた人って、$${6}$$ ケタのわり算のひっ算を何回もやったってことですかぁ?」
「そうかもしくは、$${6}$$ ケタのわり算は全部暗算でやったかやな。」
 女神がイタズラっぽく笑って言う。
「いやもうそれ、『頭ん中に関数電卓、仕込んでます』言うてるようなもんやないですか! それやったらいっそ、$${100}$$ ケタまるごと暗算でやったらええやん!」
「それもまた極論やなぁ。まぁ実際のところ、大翔のやり方とわらわが言うたやり方の中間みたいなやり方したんやろ。それでも、$${6}$$ ケタごとにくくるやり方をしたことだけは、ほぼ間違いないよ。」
「? なんでわかるんですか?」
 すると吉栄光比売が袖の下から、別の絵馬をとり出した。
「まだ見せてへなんだが、こういう返答があったんや。この問題を出せるヤツなら、そのやり方ぐらいその場で思いつけたやろうな。

次の数を $${13}$$ でわったあまりを求めよ:
$${2^{2024}}$$

To Be Continued…

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