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朗読テキストを考える

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朗読教室ウツクシキでは、教室で使用するテキストを月代わりで選んでいきます。 ・宮沢賢治コース:宮沢賢治の作品を、毎月ひとつづつご紹介します ・ブンガクコース:一人の作家の一作品を…
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#夏目漱石

『門』(夏目漱石)

『門』(夏目漱石)

「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易い字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日の今の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違ったような気がする。しまいには見れば見るほど今らしくなくなって来る。――御前そんな事を経験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。

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『それから』(夏目漱石)

『それから』(夏目漱石)

6月から三ヶ月間、オンラインのブンガクコースでは夏目漱石を連続して取り上げます。6月は『三四郎』、7月は『それから』、8月は『門』、この3作品は前期三部作と言われています。それぞれ主人公の名前は異なりますが、まるで一人の人間の成長過程を描いたかのよう。今年の夏も暑そうですが、「時の流れを感じながら本を読んだ」という思い出をご一緒できたらと思います。

「なに大丈夫だ。彼奴も大分変ったからね」と云っ

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『三四郎』(夏目漱石)

『三四郎』(夏目漱石)

 三四郎もとうとうきたない草の上にすわった。美禰子と三四郎の間は四尺ばかり離れている。二人の足の下には小さな川が流れている。秋になって水が落ちたから浅い。角の出た石の上に鶺鴒が一羽とまったくらいである。三四郎は水の中をながめていた。水が次第に濁ってくる。見ると川上で百姓が大根を洗っていた。美禰子の視線は遠くの向こうにある。向こうは広い畑で、畑の先が森で森の上が空になる。空の色がだんだん変ってくる。

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『坊ちゃん』(夏目漱石)

『坊ちゃん』(夏目漱石)

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。小使に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階ぐらいから飛び降りて腰

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『我輩は猫である』(夏目漱石)

『我輩は猫である』(夏目漱石)

*2023年2月朗読教室テキスト アドバンスコース
*著者 夏目漱石

吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

以前にテキストで取り上げた『私の個人主義』では、イギリスに留学したものの、英文学とは何たるやと、漱石の「悶々とした様子」を明瞭な文章で読むことができ、「漱石みたいな天才でも自分と似たよ

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『夢十夜』(夏目漱石)

『夢十夜』(夏目漱石)

*2022年3月朗読教室テキスト③ビギナー番外編
*著者 夏目漱石

3月がやってきます。この時期は花粉だったり、(おそらく寒暖差による)自律神経のバランスだったり、仕事の年度替りなどが影響して、通常運転がちょっと難しくなるような季節でもあります。春の花々が動き出し、あたりがうっすらピンクに染まる頃、たまった疲れとぬるくなった外気とが程よく交差し眠気が増していきます。そんな朧げな3月に、夢の物語は

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『私の個人主義』(夏目漱石)

『私の個人主義』(夏目漱石)

*2022年2月朗読教室テキスト②アドバンスコース
*著者 夏目漱石

私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実のこの自我本位の四字なのであります。

大正三年十一月、漱石が学習院にて講演を行った際の講演録です。今から100年以上前に、5

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『こゝろ』(夏目漱石)

『こゝろ』(夏目漱石)

*2021年7月朗読教室テキスト② アドバンスコース
*著者 夏目漱石

 アドバンスコースでは、先月に引き続き夏目漱石を取り上げます。
『こゝろ』は、1914年4月から朝日新聞に連載された全110話の小説です(最終話は百十一となっていますが、自筆原稿では百三が抜けています)。昭和31年以降現在に至るまで国語の教科書に掲載されていますので、多くの人が”一部分を読んだことのある”物語だと思います。

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『それから』(夏目漱石)

『それから』(夏目漱石)

*2021年6月朗読教室テキスト② アドバンスコース
*著者 夏目漱石

6月19日は朗読(ロードク)の日です。毎年「朗読の日だなぁ」と思いつつこれといって特別なことはしていません。さてどうしようかと悩むでもなくふわふわと考えていたら、6月19日は夏目漱石が新聞の連載小説『それから』の初回原稿を新聞社に送った日、という記事を見つけたので、今月のアドバンスコースはこの作品に決めました。

先刻さっき

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