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「冬眠するブラックホール」の実態を解明

飛翔するnodes

世界中でさまざまな分野の研究者がスーパーコンピュータを用いた研究活動を行っています。ここでは、気象とブラックホールという 2つの大きな自然現象の解明に、どのようにスーパーコンピュータが用いられているのかを見てみましょう。

「冬眠するブラックホール」の実態を解明

三木洋平(東京大学情報基盤センタースーパーコンピューティング研究部門助教)

 銀河は星やガス、ダークマターなどが集まってできている天体です。ほとんどの銀河の中心には,太陽質量の10万倍を超える大質量ブラックホールがあります。ブラックホールとは、「強い重力によって光ですら脱出できない天体」です。銀河中心ブラックホールの質量と母銀河の物理量との間には強い相関関係があることが知られており、お互いに影響を及ぼしあいながら成長(共進化)してきたのだと考えられています。だから銀河とブラックホールを考えるにはお互いのことを意識しないといけません。
 共進化してきたということが観測結果から示唆されますが、具体的にどういう過程をたどったのでしょうか。大きく2つの考え方があります。一つは「銀河内のガスがブラックホールにどんどん降り積もっていった」という考え方。もう一つは「銀河同士が衝突・合体する際にそれぞれの銀河の中心ブラックホール同士も合体していった」という考え方です。銀河進化に関しては、小さい銀河が先にできて、衝突・合体を繰り返しながらだんだん大きくなるというシナリオが受け入れられています。この時に中心ブラックホールどうしも合体して成長すれば、母銀河と一緒に成長していくということになります。以上が今回の研究の「銀河中心のブラックホールと銀河のアクティビティ」のごく簡単な前提です。

銀河衝突は活動銀河核のスイッチを入れるのか切るのか

 ブラックホール自身は光りませんが、その周辺領域が明るく光り輝くことはあります。ブラックホールにガスが降り積もっていく際には、ガス同士が擦れあって加熱されます。加熱されたガスは光を放出して冷えようとしますが、この光がブラックホールの重力場から逃げ出せれば、観測できることになります。すると普通の銀河全体よりも強い光が銀河中心のごく狭い領域から出てくることもあり、こうした天体を「活動銀河核」と呼んでいます。
 一般的によく知られている円盤銀河では、ガスも回転しているので遠心力が働き、ガスは銀河中心には落ちていけません。でも、小さな銀河が銀河外縁部に衝突すると、「ゆすられる」ことで遠心力のバリアを緩めたり壊したりすることができて、「中心にガスを落とす」ことができるんです。すると活動にスイッチが入り、活動銀河核となります。したがって、「銀河衝突はブラックホール活動を活性化させる」というのがこの研究分野の常識でした。我々研究者は、小さい銀河が降ってくる「銀河衝突」は日常的に起こると考えています。日常的に起こるのだからずっとスイッチが入っていてもいい気がするのですが、激しく活動する中心ブラックホールを持った銀河は近傍宇宙の観測では全体の1%程度しかないのが疑問として残ります。つまり、「銀河衝突は活動スイッチをonする(活動銀河核を出現させる)だけでなく、offすることもあるのではないか」と考え、この研究を始めました。

ブラックホールを取り巻くガスの時間進化。上段はトーラスガスが剥ぎ取られ、銀河が冬眠してしまう場合、下段はトーラスガスが生き残り、活性化される場合の結果を、x-z面の密度分布を用いて示した。上段はトーラスガスが剥ぎ取られてブラックホール活動が停止する場合、下段はトーラスガスが生き残ってブラックホール活動が継続する場合の結果を、x-z面の密度分布を用いて示した。

流体力学で銀河衝突の「その後」をシミュレーション

 スイッチをoffするとはどういう状態か。「銀河衝突が中心のガスを持ち去ってしまうこともあるのではないか」というのが我々の着眼点です。この場合、ガス欠になるのでブラックホールの活動は止まってしまいます。本当にそんなことが起きるのか……。それを証明するために、「銀河衝突でガスが供給されなくなる状態が起こるのかどうか」をOakforest-PACSなどのスーパーコンピュータを用いた三次元数値流体シミュレーション等で調べたのが今回の研究成果です。
 対象はアンドロメダ銀河。この銀河はごく最近、衛星銀河がほとんど中心を貫いたことが先行研究でわかっています。それによると秒速850kmで100万年程度かけて衛星銀河が衝突して抜けていきました。これより前に中心ブラックホールが活発に活動していたならば、当時のブラックホール周辺には燃料源となるトーラス(ドーナツ)状のガスがあったはずです。そのトーラス状のガスが100万年間続く「銀河衝突によって吹き付けてくるガス」に吹き飛ばされずに耐えられるかどうかを計算しました。
 計算の結果、トーラス状のガスを吹き飛ばしてブラックホール活動の停止に至る場合もあることが分かりました。ただ、これだけでは他の銀河で起こりうるのかという疑問が残ります。そこで得られた活動停止条件を他の銀河にも当てはめてみました。すると多くの場合、銀河衝突によるブラックホール活動の停止が可能であると結論づけられました。
 本研究によって、中心ブラックホールの活動性を活性化するのみと考えられてきた銀河衝突が、実は反対に活動性の停止にも寄与することが明らかになりました。中心ブラックホールの運命を左右するのは衝突してくる衛星銀河の軌道であり、銀河の中心領域に突入する際には活動性を停止、銀河の中心を離れて衝突する際には活動を活性化させると考えられます。こうした軌道の重要性は今まで考えられておらず、銀河とブラックホールの共進化過程への理解を深める上での重要な視点を提供しました。この結果から最近多数発見されている「急激に中心ブラックホールの活動性を停止した兆候を示す天体群」を説明することができるかもしれません。「冬眠」という表現を使ったのは「外的要因によってエネルギー源(トーラス状のガス)がなくなるが、ガスが溜まればまた活動銀河核が出現する」という点が冬眠のイメージと近いからです。今後は、「冬眠したブラックホールはどのくらいの期間止まっているか」を考えていきたい。そのためには、より大規模なシミュレーションを実行可能なWisteria/BDEC-01が活躍してくれそうです。

三木洋平/専門は宇宙物理学・高性能計算。筑波大学数理物質科学研究科修了、修士(理学)、修士(工学)、博士(理学)。筑波大学計算科学研究センターを経て2017年より現職。

深く学ぶには
「冬眠するブラックホール」プレスリリース

東京大学情報基盤センター nodes vol.1 CONTENTS
創刊にあたって
[特集] いま、スーパーコンピュータでCOVID-19に立ち向かう
  スパコンで薬剤の効果を探る
  見えない飛沫を可視化する
[連載] nodesの光明
  全学授業オンライン化で「ユーザー目線の大切さ」を痛感
[連載] 飛翔するnodes
  30秒ごとに更新する「ゲリラ豪雨予測システム」を開発
  「冬眠するブラックホール」の実態を解明
nodesのひろがり
  動物の鳴き声の変化を可視化
  真の教育とは何か
  野生動物にセンサーを装着
  センターの研究をバズらせるために
編集後記
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