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TANGOとマテと

バンドネオンのアルゼンチンの音色

アルゼンチン人の友人が2人出来た。一人はスペインのバルセロナに住むギターを弾き、歌も唄う芸術家で、もう一人は、一年程前から一緒に舞台の創作を行なっている仲間のナウエルだ。南仏モンペリエの大きい家で画家の両親と共に暮らしている。モンペリエは、フランス人の成金と移民と大学生の多い都市だ。地中海の向こう側は、モロッコ、アルジェリア、チュニジアが在る。

しかし、ナウエルの両親は、遥か遠くの南米大陸の南に位置するとんがった土地から移住して来た。芸術家たる由縁であろう。
ナウエルも両親の血を継ぐ芸術家で、バンドネオンとギターの演奏を生業としている演奏家だ。舞台の稽古と公演の為、モンペリエに一ヶ月ほど滞在していた際、市外の古く小さい村にある彼の大きい家で仲間たちと何度か夕食を共に過ごした。2019年のクリスマスも年末年始も、モンペリエだった事を思い出した。

ナウエルのバンドネオンの音色は、彼同様、物静かな情熱家で虚無主義者だ。創作していた舞台で、バンドネオンの演奏が重要だった為、何人もの演奏を聴いたが、ナウエルの演奏は私たちのイメージにぴったりとはまった。

彼の美しい小さな楽器から、瞳を閉じて始まる呼吸の音色は、乾いてしっとりした退廃の深い哀愁と、静かなパッションを唄う。透明でモノクロームな世界に、淡く深い紫や輝きを隠す黄金色の色彩が現れ、鮮烈で強烈に強い赤が物悲しく情熱を奏でる。何故こんな情景が浮かぶのだろう。彼の演奏を聴いた時の、私にもたらされた興味だった。

聴覚のレッスン

クラッシックレコード

若かりし日、パリでクラッシックのピアニストらとルームシェアしていた頃があった。彼女は東京芸術大学のピアノ科大学院を出て、パリのエコール・ノルマルでラヴェルの名手に師事していた。
ラヴェルは実にフランスらしい。ヨーロッパで暮らし、その感覚で向き合わなければ、いつまでも祖国訛りの音色に聞こえるだろう。
大きいリビングを挟んだ隣の部屋が彼女の部屋で、漆黒のグランドピアノがお喋りで忙しそうに、何時も音色を奏でていた。

週末には、それぞれの友人たちが私たちの大きいアパルトマンに集まり、野心溢れた芸術家の卵たちがパーティーを楽しむ事を常としていた。
当然、クラッシックの音楽家は各々楽器を持って訪れ、パーティーは時と共に音の宴となることも楽しんでいた。
私は当時、LPレコードでバッハのリュート組曲やエディット・ピアフを好んで聴いていた。その時、既にリュート組曲もピアフも、オールドミュージックで若くして聴いているファンなど未無で、パリの街でもシャンソニエは、場末で年老いたタクシー運転手が集まる様な所になっていて、中世の音楽の演奏会も、今は無き〝Pariscope〟にも情報は掲載されるのは、ごく稀な事だった。

そんな私のズレた音感覚に興味を持ったクラッシック音楽研究家が、私に彼女流の音楽の聴き方をレッスンしてくれた。
メトロの終着駅にある彼女のアパルトマンに、一時は頻繁に通い、多種多様なクラッシックの演奏者たちの名盤を聴いては感想を聞かれを繰り返していた。同じ曲を何人もの名手といわれる演奏家たちの演奏で、聞き比べる繰り返しが愉しかった。

同じ曲を何度も何人もの演奏家の音を聴いていると、「この曲はこの演奏」と、聴き手としての醍醐味である、曲の解釈とテクニックと奏者の心情といった、自分の好みがはっきりとしてくる。同時に、好きになれない身体が受け付けない演奏も出てくる。
作曲者の背景、曲を作った背景、奏者の背景とその演奏した年代など、私にとって、それらの要素を加味してハマる演奏がはっきりと認識出来るようになった。
その経験のお陰もあって、現在はもっと自分流に深く音と接し、自分なりにに愉しんでいる。私は日本では奈良の田舎で暮らしているが、幸いにも仕事で生の演奏に触れる機会が頻繁にある。この生の良い演奏を聴く機会が無ければ、その土地で暮らすことは、満たされない味気ない人生になるだろうと想い感じる。

マテの効能

さて、バンドネオンの音色の話に戻るが、ナウエルの家は暗い。日本は刺激的すぎるぐらい白く明るいので、そこで生まれる物語はしらけてポップ過ぎる。ヨーロッパ全般的に、黄色く薄暗いのが夜だ。しっとりしたドラマティックな物語が生まれやすい。その中でも群を抜いて薄暗い。リビングの壁一面に両親の描いた大きい油絵が占領していて、古いグランドピアノの上には、家族の写真が所狭しと並んでいる。アンティークのキャビネットには、繊細なクリスタルのグラスや年代物の磁器のプレート類がセットで置かれていた。年老いた茶色のレザーのソファーの横には、アコーステックギターが立て掛けてある。キッチンに向かうと、彼方此方にモノクロームの写真が、アルゼンチン人の生活を伝えてくれた。

ナウエルは、早速 Mate の準備を始めた。アルゼンチンのマテ茶をご存知だろうか。南米ではポピュラーな飲み物だが、ブラジル人に聞いてみると、飲み方が違っていたので、南米の国によって多少習慣は違うらしい。
私も彼以前は全く知らなかったが、この一年その魅力に酔いしれている。

ビタミン・ミネラルが豊富に含まれ、体に活力を与えるらしい。私は飲むと、瞳孔と脳が適度に刺激され、感覚が敏感になる気がする。

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Mate は、マテ壺と呼ばれる器でいただく。瓢箪をくり貫いた手にすっぽり収まる器に金属の細工が施してある。器の中に細かく刻まれた茶葉を埋め込み、専用の魔法瓶に頃合いに冷めた緩いお湯を、まず最初は茶葉を蒸らして膨らませる為だけに少し注ぐ、人によっては一晩蒸らす人も少なく無いと云う。茶葉が充分蒸れて膨らんだところで、器一杯に緩いお湯を注ぎ込み、装飾されたステンレスのストローのようなボンビージャを入れて、最初の一杯は、主人であるナウエルが飲み干し、緩いお湯を注ぎ足し、それを次に次にと、回して飲むという習慣だ。
この時、うっかりボンビージャを動かしてしまうと主人に怒られますので要注意です。ボンビージャの加減は、Mate を入れてくれる主人が采配します。

Mate の習慣の効能は、親愛と信頼と友情を深めると言っていた。
そう言われると、回ってくる Mate を眺め、その深まる絆を確認していく動向が実感できる。

TANGOな生活

ナウエルはお酒も好きだ。フィアンセがソムリエールなので出てくるお酒、特にワインやシャンパンは、吟味されたエクセレントなテイストを味わうことができる。彼女が用いるテイスティングの表現は、美しいポエムのようにしか聴こえない。味覚臭覚表現詩人だ。美味しいお酒は殊更美しい詩が生まれる。アルゼンチン人が好むお酒も振舞ってもらった、Fernet と云う何故かイタリア産のハーブのリキュールだ。苦い、ガツンと頭に響く苦くて強いお酒だった。
ナウエルはタバコも時代の潮流に流されることなく、ヘビースモーカーである。

美味しい食事とエクセレントなお酒は、音楽へのプロローグに相応しい。やがて、誰かが口火を切る。その夜もバンドネオンが口火を切った。

南仏モンペリエ市外の小さな村のアルゼンチン人の生活は TANGO だった。
血がそうさせるのか、こういう生活があの演奏に繋がるのか。
恐らくどっちもなのだろう。
この血を宿してこそ、TANGO が演奏できる。
いや、そうで無ければいくら演奏のテクニックが素晴らしくても、私には、訛った TANGO に聞こえるに違いない。

TANGO の苦き退廃の哀愁は、アルゼンチンの血そのものなのだ。

タンゴ


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