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コンテンポラリーアートとしてのサーカス第五章 Nouveau Cirque(ヌーヴォー・シルク)のその先

第一章〜第四章も併せてお読み頂ければ幸いです。

サーカスと子供たち、市民との距離感

フランスには、習い事に通う感覚でサーカスを学べる施設が、500程もあると云われています。芸術文化教育としてのサーカスの学校は、最も多くの人が通っています。
誰にでもサーカス芸術の練習を提供しており、男女問わず、誰もが楽しみながら練習出来るようにしていますが、子供たちの教育の一環として、多くの子供たちが小さい時期からサーカスに触れる生活がフランスにはあります。

芸術文化教育プロジェクトは、3つの柱を中心に構築されています。
・実践 - 実験や創造性
・知識 - 作品や歴史、遺産
・交流 - アーティストと子供たちの作品制作とミーティング
サーカスアートの実践を通じて、誰もが適切な努力をし、自分を超え、協力、想像力を養い、自分を構築し、自分を解放する事。そして社会的価値観をもたらすことを目的としています。

この教育の目的は、共有のアイデアで学習と喜びを調和させることです。
従って、子供たちは、自身のリズムと自身の資質で、自分の独創性とその中で自身の進歩を見つける事が出来ます。 アーティストたちは子供たちがお互いを見てお互いをサポートすることを奨励します。そして、自身の1つの進歩が他の人々の進歩を助けるようプログラムが作られています。

6〜14歳までを教育プログラムの中心年齢と考えられていて、その後、13歳以上で、サーカスアーティストになりたい子供たちは、次のステップのサーカス・アート学校に進む選択肢が出来ます。

芸術文化教育プロジェクトは、全ての実践が舞台に繋がります。 従って、学校では子供たちにプレゼンテーションの機会を提供します。 それは、自律性、喜び、やりがいのある創造性の概念に取り組むことを目指しています。 

子供サーカス

アーティストは子供たちの憧れの職業の一つ

〝芸術の都〟を自認する国、フランスの本領は、やはり芸術文化を身近に愉しむ歴史の長さと、その裾野の広さだと思います。

小さな頃から教育の中で美術史や作品の見方を学び、自分なりの好みを持ち、人に語り、意見を交換するのが当たり前のフランス人。その作家が誰で、どのような経歴で、その作品のどこが好きなのか、あるいはそれにまつわる自らの思い出を語る、いわば「社交の話題」になるのです。

フランスの子供たちに「夢の仕事」は?と質問したあるレポートを見ると、 少年の場合、芸術部門は25%、少女の場合、アーティストになることの選択は、20%とされています。

これだけ裾野が広いフランスの芸術文化分野でも、1つ確かなことは、芸術部門で成功したと宣言しているフランス人は、芸術部門で働く全体の1%だけであるという現実です。
世界最高峰の芸術家たちが創作活動を行う芸術大国フランスであるからこそ、1%の夢を達成するのには、類まれな才能と独創性とチャンスとを兼ね備えた、僅か一握りの選ばれた人の「夢の仕事」ということです。

フランス人のフランス人観

フランス国旗

フランスで国や地方行政、協会や機関、企業、個人から支援を得ている舞台芸術分野のカンパニーやアーティストは、様々な地域の劇場を数年単位で周りながら創作をしていきます。
その時々、創作過程を子供たちや周辺住民、またはマスメディアに公開します。それも、その劇場で創作を行う条件として契約を結びます。
地方政策として芸術文化に力を注いでいる地方が多いフランスでは、各地に劇場やアーティスト・イン・レジデンスが点在していて、予算と権限も持っています。

私は所属しているフランスのカンパニーを通して、渡航費、交通費、滞在費、食費、創作料、出演料を得ています。カンパニーを率いるアーティストは、マネジメント・プロデューサーを雇い、創作に必要な人材、アーティストとテクニカルと契約を結びます。そして、日本では考えられない制作費と長い期間を要して、一つの新しい作品を創作していきます。
これは、全てフランスの文化予算の一部という事になります。フランスでは近年、アーティストと芸術創造への支援の中で外国人アーティストの支援を増やす政策をとっていますが、そもそもフランス人のフランス人観とは、私たち島国の日本人の日本人観とは、明らかに違うのではないでしょうか。

フランスの現大統領エマニュエル・マクロンは基本思想として、フランス人の定義をこう話しています。「フランス語を話す者は、フランスの歴史を託された者となり、フランス人となる」という明確なものです。
逆に云うと、フランス語を話せる人は、フランス人だと云う捉え方も出来ると云う事です。多様な文化と人種が暮らすフランスならではの素晴らしい思想だと思います。

想い起こすと、こんなエピソードがあります。
私はパリの学校を出て直ぐに、フリーランスデザイナーとして働き始めました。
大きい展示会へ出向き、取引をお願いする為に、ブースの担当者にその旨を伝えたところ、仕事をする為には名刺が必要だと教えられるような有様でした。
今思い起こしても恥ずかしい話ですが、当時の私にとっては、全く社会経験が無く、ビジネスのスタンダートがどういう事なのかも解らず、若さ故の情熱だけで仕事を始めました。

伯父さんに言われた通り、その足で名刺を作りに行き、翌朝またそのブースを訪れました。
昨日、担当してくれた伯父さんは、出来たてホヤホヤの名刺を差し出すと、大変喜んでくれて、快く取引に応じてくれました。
取引する際に、色々話をしている中で否定的なニュアンスで、だけど私は日本人だからと言った時に、
「いや貴方はフランス人だ。フランスに住み、フランスで仕事をし、こうして私とフランス語で話をしているのだから。」と、当たり前の様に私に伝えてくれました。

多くのフランス人がこうとは限りませんが、私が普段仕事で接している舞台芸術の分野では、そもそも多様な人が集まって仕事を一緒にしていますが、未だにフランス語が話せるだけで、距離感が近くなり、仲間意識が強くなり、何かと優遇されたりもすることは事実あります。

フランス人にとって、フランス語を話すという事は、私たちが想像する以上に、重要な要素なのかもしれません。

更に進化するアート・サーカスへ、Nouveau Cirque は最早 Cirque へ

フランスの業界では、これまでの伝統的なサーカスをオールド・シルク、現代の新しいサーカスをヌーヴォー・シルクと分類して呼んでいます。日本でもファンの多い〝シルク・ドゥ・ソレイユ〟は、オールド・ヌーヴォー・シルクといって、現在の最先端のアート・サーカスとは区別されています。

今日のフランスのアート・サーカスは表情豊かです。アーティストたちが創り出す舞台は、哲学的能力を持っています。サーカス、ダンス、演劇の混合など、他の作品との透過性が複数の分野にまたがっています。テーマの無限の交差、提案は発明の数と同じくらい多様であり、形式と規律の破裂を生み出すだけでなく、新しい場所と美学の創造も生み出します。
Nouveau Cirque は、最早〝Cirque〟として定着し、〝Cirque〟は、オペラ、演劇、ダンス、音楽と同様に劇場の主要な芸術として1つの新しいマルチフォームの芸術形式を画一し、表現するコンテンポラリー・アートになりました。

〝Cirque〟 がフランスでどれだけ国民に支持されているかは、これまで綴ってきたヌーヴォー・シルクの歴史と、アーティストを育成、排出してきたシステムを知ると、良く理解出来ると思います。
今日のフランスの〝Cirque〟、「可能性探求の場所」「アート」としてのサーカスを通じてアーティストが表現する「芸術」とは、どのようなものなのでしょうか。 

Camille Boitel は、次のように表現しています。

カミーユ

「今日のフランスの〝Cirque〟において、アーティストたちは、言語の限界を超えた身体言語を探求しています。
それは、可能性探求の場所であり、新たなテクニックが絶え間なく生み出され続けています。
また、身体能力を極めるのみならず、その能力で〝何を〟表現するかが求められています。
ただし、これは僕個人の定義であり、他のアーティストは、別の言葉で〝Cirque〟を語るでしょう。」

これまでのヌーヴォー・シルクという概念からも離れ、より大きな自由を獲得したコンテンポラリー・アートとしてのサーカス。

アーティストたちは、類まれな身体能力を使って観客を驚かせたり興奮させるだけでは飽き足らず、そこにアーティストとしての〝表現〟を加えることによって、その味わいを更に深いものへと進化させています。
そんなコンテンポラリー・アートとしての〝Cirque〟の魅力とは何でしょうか。 

カミーユは、このように語っています。

「コンテンポラリー・アートとしての〝Cirque〟という創作においては、形式も、そこにある雰囲気も全く異なります。
舞台では、かつてのヌーヴォー・シルクでは考えられないような多種多様な表現が生み出され、まったく驚くべきものが出来る可能性を秘めています。
アーティストたちは〝Cirque〟において、かつてのサーカスでは存在しなかった人間の感情や詩情を表現することが出来るのですから。」

サーカスの歴史を、更に先へと押し進めるべくフランスの〝Cirque〟アーティストたちは、新たな挑戦を行なっているのが、フランスの〝Cirque〟最前線の現状です。

サーカスが1つのヌーヴォー・シルクと云う芸術領域として空前の再生を遂げ続けて、46年が経とうとしています。
伝統的な技巧が、演劇・舞踊・造形美術から取り入れた要素と調和して多様で豊かな芸術表現となったヌーヴォー・シルクは、現代フランスの芸術創造において、揺るぎない現象となっています。

現在、ヌーヴォー・シルクは、その発展を更に続けています。
フランスで働くサーカス・アーティストの数は450人とされており、年間およそ1,000公演が開催されています。
伝統的なサーカスやヌーヴォー・シルクは依然として存在しますが、今日の観客を大きな劇場に引き寄せるのは、より現代的な解釈と表現、強い独自性と実験的挑戦、新たな美学の再定義、所謂コンテンポラリー・アートとしての〝Cirque〟なのです。

10月よりフランス劇場現場レポート等を綴っていければと考えています。

フランスの舞台芸術の現場は、情報の露出は限られていて、実際に携わった人にしか解らないことが沢山あります。私も実際そうでした。
私の記事を読んで戴いている方々が、〝こんな事を知りたい〟とか、〝こんなところを見てみたい〟等、何か皆様の参考になる事が出来ればと考えております。
ツアー期間は、限られた時間でのご対応になりますので、全て叶える事が出来るか分かりませんが、出来得る限りご対応させていただこうと想いますので、何か知りたい事がございましたら私の note をフォローして戴き、コメント欄からメッセージいただけましたら幸いです。

第六章 今日の偉大なるシルク・アーティストfile.01〜05 へ続く


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