嶋田祐輔

嶋田祐輔

最近の記事

白色

 最近、友人がこんなようなことを言う。「そんなことをしてたら、白色になっちゃいますよ。」白色とは何か。聞くと、彼女はよくわからないことを言う。  夜。日の暮れた後の街を一人で歩く。いつも同じ帰り道。腐り始めた青さが、醜さに姿を変えるその前に。人生が一つの露悪的なユーモアであったとしたらどんなによかっただろう、と、思ってもないことを思う。「白色」の正体は、角を曲がると現れた。  僕は急いで街へ戻る。くたびれた司祭を尻目に、嫌がる修道女の手を引いて、急遽自分でこしらえた告解室に連

    • 入院日記 2024/6/27

      「反復は、孤独な者のロゴス、単独者〔特異なもの〕のロゴスとして、「私的思想家」のロゴスとして現れる。」  1ヶ月にわたる長かった入院生活を終えるにあたって、僕は、ひとつの問いとささやかなその答えを手にしている。つまり、様々な事柄に対して丹念に問われ、すっかりくたびれた「なんのために」と、それに毅然と答える無言である。  入院する直前、物事は全くあべこべな重みを持っているように思われた。物事は、大通りでもらう広告付きのティッシュ・ペーパーのように無意味であるか、それか何十階に

      • 何が問題と呼ばれるに値するか?

        「解くということはつねに、《理念》として機能する連続性を背景〔基底〕にして、もろもろの非連続性を算出することなのだ。」(『差異と反復上』430頁)  誰でも、問いを立てる。そして誰でも、解決するだろう。問いは様々である。意中のひとを振り向かせるにはどうしたら良いか。試験に合格するためにはどうしたら良いか。明日の朝食は何にしようか。楽しい時間はなぜこんなにも速く過ぎ去るのか。そしてそれぞれに、暫定的なものから心の中のもっともデリケートな部分に深く突き刺さったものまで様々な答え

        • 顔についての考察

           たっぷりと漆喰が塗られ、脚がくるりと丸まった焦げ茶色の木箪笥の横に、落ち着いた乳白色のビロード生地のソファが据えられている。よく手入れの行き届いたえんじ色のカーペットを囲うように、フロアランプ、大きなモンステラの鉢、そしてスツールのうえに明るい緑と長い尾羽のインコを収めた鳥かごが置かれ、正面には大きなフランス窓が一つ、よく晴れた気持ちの良い空、立派な楠、といった景色と温室の中を隔てている。左右の壁にも窓は嵌まっており、それが温室にささやかな解放感を与えている。というのも、室

          入院日記 2024/5/26

           木曜日、5月23日から大きな病院に入院している。その前の土曜の夜から大変に心の調子を崩してしまった。生活というのはキャッチボールに似ているのかもしれない。グローブにきちんと収まるような投球をするには、言葉で説明するよりもまず、振りだされた腕の位置、その速度、体全体とボールとの距離、キャッチャーへの目配せといった与件を、身体を通じて理解し、リラックスしながら制御している必要がある。僕は3ヶ月たっぷり費やして、ゆっくりと生活のコントロールを失っていった。気がついたらボテボテのボ

          入院日記 2024/5/26

          2024/4/30

           世界が「解除」されていく。他人の温かみも、僕のために流れた涙も、優しい言葉も、解除されていく。一体誰が解除しているのか、僕にもわからない。触れた側から枯れていく。死滅した街を歩く。すべてはもう終わってしまった。それなのに脈拍は進む。こんなにも苦しいのに僕を生きさせるのは一体何なのだ。解除し、僕の行く末を殺そうとするのは一体何なのだ。一切の答えを欠いたまま、世界は回っていく。信じがたいことだ。信じがたいとは、つまり、解除されているということだ。  あらゆるものから取り残されて

          <計算機>

           屠殺場に連れていかれる豚だと思った。広い砂漠を横切る行列の中で、俺は惨めに行進する。システムが天空で〈計算機〉と戯れている。誰かが俺の頭を叩いた。また別の誰かが蹴った。俺の腕は固く結ばれた綱に締め付けられ、動くたびに皮膚が新たな血を吐き出す。システムはすべてを<計算する>。列の先頭で行進する役人の小指の動きから、俺が流す血の一滴一滴まで、一つ残らず記憶して、形而上に開かれた巨大な石門の向こうに溜め込んでいる。  俺はどこから来たのか、何故今こうして、列の先に控える死に吸い込

          イメージの思考へ、その2

           コミュニケーションがあるとき、そこには常に「風景」がある、と言えそうだ。その光景は、主に次のように形成される――まず、「他者」という黒い穴が開いた場面。その穴に吸い込まれる言葉は、最早何も意味しない。意味することが可能になる条件そのものの忘却がある。他者の顔が天井まで上昇して、幻想的な光を発することもあるかもしれない。その場合、他者の顔は純粋な意味するものになってしまっており、ひとはコード解読者となることを強いられる(超領土化)。或いは、そっぽを向いた顔。排他的な別世界を投

          イメージの思考へ、その2

          2024/4/16

           近況報告、というよりは、現在差し迫って問題となっている事態を言語化しておく。  離人症とうつ状態の問題。離人症にはずっと悩まされてきた。子供の頃からずっと、何にも興味が持てない、現実感がないと言った問題に、意識的ではないにせよ苛まれてきた。最近は特にひどい。現実と夢の区別がつかない。それも何か劇的なものが現実に流れ込んでくるというよりは(それはそれで大変困った事態であるが)、現実も夢ものっぺりした白さに覆われ、そしてすべてが手許から逃れ去っていく。記憶することが何かを掴むこ

          イメージの思考へ、その1

           イメージの思考、思考のイメージ。一枚の絵画が様々な法則に貫かれているように、イメージもまた論理を持っているに違いない。イメージの論理はイメージ同士の繋がり、そしてその全体が作り出すある統一のとれた全体像によって完結する。「エネルギーのもろもろの流れはまだ緊密に結びつき、様々な部分対処も依然として過度に有機的である、といわれるかもしれない。ところが、ある純粋な流体が、自由状態で、途切れることなく、ひとつの充実身体の上を滑走しているのだ。」これがイメージの思考、思考のイメージで

          イメージの思考へ、その1

          ものとは何であるのか 第五部

          13,停止 止まる、と思った。  「おとなしくしなさい!おとなしくしなさい!」  得体のしれない奴らが私の両腕を強く抑えつける。私は獣のような唸りをあげている。床に臥せられ、じたばたともがいているのを、乗客たちが眺めている。手すりの光沢がにじんでいる。私は泣いていた。私はたまらなく悔しかった。私は何度もこうして組み伏せられ、最後には私の肉は、屑のように処分されるのだ。そうして電車は時刻通りの運行をいつまでも続けるのだろう。私は私が接点を持ったいろいろな人々を思い出していた。私

          ものとは何であるのか 第五部

          2024/3/24

           乱雑に置かれた何枚もの鏡のそばを、あてどない思考が通り過ぎる。悲しみも憎しみも知らん顔で、かといって狂喜乱舞といったわけでもない。彼がの関心はただ一つ、鏡にふっと映った自分の顔が、どんな表情を浮かべているか。ぎこちない薄ら笑いが映えるようにと、通りかかったときにそっと鏡の向きを変えては、失望してまた立ち去っていく。彼の覚束ない足取りを作り上げたのは確か、二、三の思い出の断片。しかしそのことを彼がはっきり知っているかどうか。  あるとき彼はとても大それたことを考えた。「凄い!

          2024/3/12

           今日見た夢の話。  暗い破滅の影が、ずっしりと僕の背中にのしかかっていた。もう二度と上がることのないかのような冷たい雨が、窓の外で音もなく降り続けていた。サークルの会室のソファに横たわり、僕は重い眠りについた――  話し声が聞こえる。一人は付き合いの長い見知った先輩の声で、もう一人は誰かわからない、活発な女の子の声。二人は会室で楽し気に談笑していた。僕はまどろみの中で笑い声を聞いている。眼を閉じたまま、ソファのなかで。  起き上がろうとする。身体が重い。力が入らない。瞼

          2024/3/5

           サッカーボールを蹴る。サッカーボールは足を離れて飛び出し、すぐに戻ってくる。走り続ける。再び、サッカーボールを蹴る。                  *  最近、サイコロを買った。コートのポケットに手を突っ込んで、それを指の間で弄ぶ。                  *  現実は静かに呼吸を続ける。肉体より少しだけ隔たったところで、それはいつも休んでいる。                  *  軌跡の先端で踊る。冷静な破れかぶれで身体が浮かぶ。

          2/24

           言葉にすること。掴みかけては取り逃す記憶やイメージの断片を、言葉の網の中に捕らえ、閉じ込めておくこと。書くことはもう二度と思い出せないかもしれない思い出を、千鳥足の旅から連れ戻して鎖につないでおくことだ。目を盗んですぐに逃げ出そうとするから、じっと見張っていないといけない。しかしそうしていると今度は枷をはめられた白い手足が、煙のように消えていく。思い出は、見つめられることも見逃されることも厭う天邪鬼の子供だ。どこを探しても見つからない、探せば探す程、手の届かない奥底に身を屈

          2/22

           手のひらの上に、小さな時間がある。それは穏やかな寝息を立てて安らったままで、目覚めた後に待ち受ける町の騒音や、茶碗の割れる音、救急車のサイレン、投げつけられた火炎瓶や言い争いなど知らぬまま、物陰でひっそりと眠っている。  一人の人間に、一つの時間が宿っている。人間は様々に流れる時間に触れながら、その一つの時間が揺らめいては、加速したり、減速したり、様々に変化する。他人とは、様々に変化する時間を共に過ごしているうちに、その一つの時間が現前することではないだろうか。「心を開く」